目次
1. イスラエル、米国による先制攻撃と原油価格上昇
イスラエルは、2025年6月13日にイランの核施設と軍事施設への先制攻撃を行い、ナタンズのウラン濃縮施設を破壊し、首都テヘランをはじめとした100ヵ所近い目標を攻撃し、イラン革命防衛隊と軍のトップの殺害を強行した。それに対してイランは、ドローン(無人機)による報復攻撃を行い、中東地域における報復の連鎖の拡大への懸念から、北海ブレント原油価格は1バレル77ドルに上昇し、ニューヨークの株価は下落した。このようにイスラエルが、国際世論の批判を承知したうえで先制攻撃を行ったのは、イランがかねてから核開発を行っているという疑念があるからである。イランは、核兵器の開発につながるウランの濃縮を始めて20年以上が経過する(図表1)。
(図表1)イランの核開発経緯2025年
年 | 概要 |
---|---|
2002年8月 | イランによる核開発問題が発生 |
2003年 | IAEA理事会でイランに対する非難決議案採択 |
2006年7月31日 | 国連安全保障理事会はイランに核開発中止を求める決議採択 |
2008年9月 | 遠心分離機約3,800基が設置されたとIAEAが報告 |
2009年11月 | IAEAが核施設建設停止を求める決議を採択 |
2010年2月 | 20%濃縮ウランの製造を開始 |
2011年1月 | イスラエルによるイランの核施設へのサイバー攻撃 |
2011年12月 | 米国がイラン原油の禁輸を内容とする国防授権法成立 |
2012年1月 | EUがイラン原油輸入禁止で合意 |
2012年6月 | 米国のイラン原油制裁法発効 |
2012年7月 | EUがイラン原油禁輸 |
2013年8月 | 穏健派のロウハニ大統領就任 |
2013年11月 | イランと6ヵ国が共同行動計画で合意 |
2014年2月 | イランと6ヵ国が包括解決への協議開始 |
2015年7月14日 | 6ヵ国とイランが最終合意 |
2016年1月16日 | 核開発に関する制裁解除 |
2016年11月8日 | イランの核合意を批判するトランプ米国大統領当選 |
2017年10月13日 | 米国トランプ大統領がイランは核合意を順守してないと演説 |
2018年5月8日 | 米国トランプ大統領が核合意を破棄、制裁再開 |
2018年6月26日 | 米国が各国に対し、イラン産原油の輸入停止を要請 |
2018年11月5日 | 米国がイラン原油禁輸の適用除外(180日間) |
2019年5月2日 | 米国がイラン原油禁輸の適用除外の取りやめ |
2019年6月13日 | 日本の石油タンカーがホルムズ海峡付近で襲撃される |
2019年6月24日 | 米国がイランの最高指導者ハメネイ師を制裁対象に |
2019年12月31日 | イスラム教シーア派民兵がバグダッドの米国大使館襲撃 |
2020年1月3日 | 米軍はバグダッドでイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官を殺害 |
2020年1月8日 | イランが米軍のイラクの基地を弾道ミサイル攻撃 |
2021年1月20日 | イランの核合意復帰に前向きなバイデン政権発足 |
2021年6月18日 | 反米保守強硬派のライシ氏がイラン大統領選挙に当選 |
2022年8月4日 | 核合意立て直しに向けた米国とイランの間接協議再開 |
2022年9月 | 女性のスカーフ強要に端を発した国内デモとバイデン政権による反人権批判 |
2023年3月 | 中国の仲介のもと、イランとサウジアラビアが外交正常化に合意 |
2023年10月 | イエメンのフーシが反イスラエルの戦闘行為 |
2024年4月 | イランとイスラエルの限定的報復 |
2025年5月 | トランプ大統領は、イランとの核合意は近いと表明 |
2025年6月 | イスラエルと米国によるイランのウラン濃縮施設への攻撃 |
出所:各種新聞報道
イランは、かねてから国際社会が疑念をもつウラン濃縮については「平和利用」を表明しているものの、60%までウランの濃縮を高めているとされており、IAEA(国際原子力機関)も、数ヵ月程度で核兵器を作り出すことが可能としている。米国の大統領がイランとの協議に前向きだったバイデン大統領から、イランに強い姿勢をもつトランプ大統領となったこともイスラエルの強硬姿勢に追い風となった。歴史的に友好関係をもつ日本の観点とは大きく異なり、中東諸国のなかでも、パレスチナ人を難民化させたイスラエル国家の建国そのものに、特に強硬に反対するイランが核兵器をもつことは、イスラエルにとって大きな脅威といえる。日本の四国程度の面積しかない、敵対するイスラム教諸国に地続きで囲まれた小国イスラエルにとっては、イランの核兵器は国家存亡の危機となる。そのため、米国から供与された最新の戦闘機による空爆を実施したのである。こうしたイスラエルの行動の後ろ盾としての米国は、さらに6月22日にイラン領土内への直接の軍事行動を行った。米軍によるイラン領土への直接攻撃は初めてのことである。イランの核施設フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンの3ヵ所に、最新鋭のB2ステルス爆撃機を用いてバンカーバスター(地下貫通弾)を実戦に史上初めて投入し、世界に衝撃を与えた。トランプ大統領は「イランのウラン濃縮施設を完全に破壊した」と自信も見せ、国連における事前の決議もなく、米国による単独行動に踏み切った。国連憲章は武力行使を原則として禁止しており、イランは国際法違反と強く反発している。最新鋭の軍事力において、米国、イスラエルに圧倒的に劣るイランにとって報復の残された一つの方法は、ホルムズ海峡封鎖である。
2. イランによる報復としてホルムズ海峡封鎖の懸念
ホルムズ海峡は、世界の原油輸出における要衝の地として、ペルシャ湾とオマーン湾の間にある海峡である。イランとオマーンの飛び地ムサンダム半島に囲まれ、一番狭い部分は幅33キロメートルで、水深も浅く、機雷の設置、ドローンの攻撃等によりイランによる封鎖が容易な海峡である。重要な点は、ホルムズ海峡はサウジアラビア、イラク、UAE(アラブ首長国連邦)、イラン、クウェート、カタール等の重要な中東産油国の原油、LNG(液化天然ガス)の輸出にあたり、必ず通過する必要がある海峡であることである。1日の原油と石油製品の通航量は日量20,000千バレルを超え、世界の2024年における石油貿易量日量69,438千バレル(図表2)の28.8%を占める重要なチョーク・ポイントとなっている。
これまでも、核合意に係わって、米国、イスラエルとイランの緊張関係が高まるたびにホルムズ海峡封鎖の危機に直面し、イランもホルムズ海峡封鎖を外交の切り札として利用し、今回の米軍による攻撃に対して、イランの国会はホルムズ海峡封鎖を承認したとイランの国営メディアは報道している。日本も原油輸入の8割がホルムズ海峡を通過しており(図表3)、世界の石油生産量日量1億バレルの2割に達することから、機雷、ミサイルによる石油タンカー攻撃が行われた場合には、原油価格は再び1バレル100ドルを超えることが懸念される。
(図表2)地域別石油輸出量2024年(単位:日量千バレル)
世界総輸出量日量69,438千バレル
出所:世界エネルギー統計レビュー2025年
(図表3)日本の国別原油輸入量(単位:日量千バレル)
国別原油輸入割合2023年度(単位:%)
原油輸入合計2,461千バレル
出所:資源エネルギー庁統計
3. 日本のLNG調達源の多様化
日本は、原油の調達源の多様化について、1970年代の2度にわたる石油ショックの時代の教訓を経て努力しているものの、地理的な関係、日本にとってまとまった量の原油を調達するという観点からは中東に依存するしかないということが現実にはある。しかし、LNG(液化天然ガス)については、エネルギー安全保障の観点からも、着々と調達源の多様化を行っている。福島第一原子力発電所の事故を契機として、日本の原子力発電所の稼働がすべて止まり、都市ガス用原料、発電用燃料としてLNGに依存するしかない2014年においては、ホルムズ海峡を通過する必要があるカタール、UAE(アラブ首長国連邦)等の中東産油国のLNGを大量に輸入していた(図表4)。
(図表4)日本の国別LNG輸入量(単位:万トン)
2014年8,920万トンGIIGNL統計
出所:国際LNG輸入者協会統計
しかし、その後10年を経過して、日本にとって原子力発電所の再稼働が完全には行われておらず、依然としてLNGは重要なエネルギーである状況に変わりはないものの、豪州において大量のLNG輸出プロジェクトが始まり、同時に米国においてもシェール・ガス革命により、米国の天然ガス生産量が増加し、シェール・ガスを原料としたLNG輸出プロジェクトが開始されたことから、豪州、米国等の、太平洋を通航し、ホルムズ海峡、マラッカ海峡等の地政学上のチョーク・ポイントを通過する必要がないLNGの輸入が増加して、カタール、UAEをはじめとしたホルムズ海峡を通過する必要があるLNGの輸入量を削減し、太平洋を通過するホルムズ海峡を利用しないLNGの輸入量が増加している(図表5)。
(図表5)日本の国別LNG輸入量(単位:万トン)
2024年6,620万トンGIIGNL統計
出所:国際LNG輸入者協会統計
4. 米国のシェール・ガスを原料としたLNG輸出プロジェクト
米国は、シェール・ガス革命、シェール・オイル革命を経て、天然ガス生産量を大幅に増加させている(図表6)。
(図表6)米国の天然ガス生産量推移(単位:10億立方メートル)
出所:世界エネルギー統計レビュー2025年
天然ガス生産量の増加により、米国の天然ガス価格が低位安定するとともに、国内で余剰な天然ガスをLNGとして輸出する計画が相次いで実施された。さらに、2025年1月に就任したトランプ大統領は、米国のLNG輸出プロジェクトの許認可凍結を解除し、石油、天然ガスをはじめとした化石燃料の開発促進を表明した。LNGの輸出拡大が、米国の貿易収支を改善し、米国の友好国のエネルギー安全保障にも貢献するというエネルギー・ドミナンス(米国によるエネルギー覇権)を提唱している。そのため、2024年にはFID(最終投資決定)となったLNGプロジェクトがゼロであったが、米国においては、既に建設されて稼働しているLNG輸出プロジェクト(図表7)に加えて、建設中のLNG輸出プロジェクトも相次いでいる。
(図表7)米国LNG輸出プロジェクト2025年
地域 | プロジェクト名 | 事業主体 | 液化能力(百万トン) |
---|---|---|---|
アラスカ | ケナイLNG | コノコ・フィリップス、マラソン | 20.0 |
ルイジアナ | サービンパスLNG | シェニエール・エナジー | 22.5+20 |
テキサス | フリーポートLNG | フリーポート、豪州マッコーリー | 15.45+5.15 |
ジョージア | エルバ・アイランドLNG | キンダー・モーガン | 2.5 |
メリーランド | コーブ・ポイントLNG | ドミニオン | 5.25 |
ルイジアナ | ルイジアナLNG | ウッドサイド | 28.0 |
ルイジアナ | レイク・チャールズLNG | サザン・ユニオン、シェル撤退2020年4月 | 16.4 |
テキサス | コルパス・クリスティーLNG | シェニエール・エナジー | 15.0+10.0 |
ルイジアナ | キャメロンLNG | センプラ・エナジー | 13.5+6.8 |
テキサス | ポート・アーサーLNG | センプラ・エナジー | 11.0 |
テキサス | ゴールデン・パスLNG | エクソンモービル、QE | 18.1 |
オレゴン | ベレセンLNG | ベレゼン | 7.8 |
テキサス | リオ・グランデLNG | ネクスト・ディケード | 11.4 |
ルイジアナ | カルカシューパスLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 10.0+20.0 |
ルイジアナ | プラクミンズLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 13.33 |
出所:各種新聞報道
米国のLNG輸出能力は、2025年時点において年産1億トン程度に達しており、米国のLNGは、ウクライナ危機により、ロシア産天然ガスからの脱却を目指す欧州諸国にとって、貴重な天然ガス調達源となっている。さらに米国は、新規のLNG輸出プロジェクトが目白押しの状況となっている、2025年6月時点において、7ヵ所のLNG輸出プロジェクトが建設中であり(図表8)、2030年にはLNG輸出能力は年産2億トンを超える。
(図表8)米国LNG輸出プロジェクト(建設中)2025年6月時点
地域 | プロジェクト名 | 事業主体 | 建設液化能力(百万トン) |
---|---|---|---|
ルイジアナ | サービンパスLNG | シェニエール・エナジー | 20.0 |
ジョージア | エルバ・アイランドLNG | キンダー・モーガン | 0.5 |
テキサス | コルパス・クリスティーLNG | シェニエール・エナジー | 15.8 |
テキサス | ポート・アーサーLNG | センプラ・エナジー | 14.3 |
テキサス | ブラウンズビルLNG | ネクスト・デーケード | 28.7 |
ルイジアナ | カルカシューパスLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 10.0+20.0 |
ルイジアナ | プラクミンズLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 28.9 |
出所:FERC(米国連邦規則制定委員会)資料
米国のLNG輸出プロジェクトは、米国メキシコ湾に集中しており、日本までの輸送日数は3週間程度となっている。
5. アラスカLNGの開発とLNGカナダの輸出開始
トランプ大統領は、さらにアラスカのLNGプロジェクトにも注力しており、北極圏の天然ガス田を開発し、1,300キロメートルのパイプラインを建設し、アラスカ州南部の太平洋岸の液化基地で年産2,000万トンものLNGを出荷する、総額440億ドル(約6兆3,800億円)の大型プロジェクトへの、日本、韓国、台湾の事業参加が期待されている。
また、日本の三菱商事とロイヤル・ダッチ・シェル等が参画するLNGカナダは、2025年6月にLNGの輸出を開始した。ブリティッシュ・コロンビア州の液化基地から年産1,400万トンのLNGを出荷し、事業総額は140億ドル(約2兆円)に達する。三菱商事の出資分に応じて日本の購入分は年間210万トンとなる。アラスカLNGも、LNGカナダも太平洋に面した液化基地からの輸出であり、日本への輸送日数は10日程度であり、渇水等により通航量が制限されるパナマ運河を通過する必要がなく、輸送上の地政学リスクもない(図表9)。LNGは、マイナス162度に冷却して液化していることから、3週間程度でボイル・オフ(蒸発)し、長期間の在庫ができない。そのため、短期間の輸送日数で調達できる太平洋岸のLNG輸出プロジェクトは、日本へのLNG安定供給につながる。
(図表9)LNGカナダとアラスカLNG2025年
LNGカナダ | アラスカLNG | |
---|---|---|
LNG輸出量 | 1,400万トン | 2,000万トン |
投資額 | 140億ドル | 440億ドル |
日本への輸送日数 | 10日 | 10日 |
パイプライン | 670キロ | 1,300キロ |
出所:各種新聞報道
6. 安心なLNG調達への多様化とホルムズ海峡の呪縛からの解放
日本企業は、ホルムズ海峡のリスクに左右されないLNGプロジェクトの開発を目指しており、大阪ガスも、米国のフリーポートLNGの生産能力拡張を計画しており、三菱商事はマレーシアのLNG権益を年産80万トン分取得している。住友商事と双日は、豪州のスカボローLNGプロジェクトにおける10%の権益を取得し、2026年に年産80万トンのLNG輸出を構想している。INPEXは、インドネシアのマセラ鉱区のLNGプロジェクトについてFEED(基本設計)を2025年中に開始する。既に、INPEXは豪州のイクシス・プロジェクトから年産930万トンのLNGを生産しており、インドネシアのマセラLNGプロジェクトも同規模となる。ENEOSホールディングスも、マレーシア沖合いのLNG開発プロジェクトの開発期間延長を、マレーシアの国営石油企業ペトロナスと2025年6月に契約している。日本企業は、AI(人工知能)の発達、データ・センターの新設、半導体工場の建設等により、電力需要が長期的に増加することを見込み、米国、豪州、カナダ、インドネシア、マレーシア等のホルムズ海峡を通過しない多様な地域からのLNG輸入増強を目指している。
日本はエネルギー自給率が15.2%(2023年度、経済産業省統計)と、先進国のなかでも際立って低く、特に一次エネルギーの3割以上を占める石油を中東に大きく依存している。そのため、宗教的にも政治的にも不安定な中東地域において紛争が発生すると、ホルムズ海峡封鎖の呪縛に悩まされてきた。しかし、LNGについては、輸入の9割以上はホルムズ海峡を通過していない。これからも、中東地域の地政学リスクから解放された、安心、安全な、炭酸ガス排出量が少ない環境に優しいエネルギーとして、日本の消費者、企業によるLNGの利用拡大が期待されている。

東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
- 【略歴】
- 1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職
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