目次
1. 期待が強まるLNG(液化天然ガス)
地球温暖化はないと考えるトランプ政権の誕生にもかかわらず、2050年におけるカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の流れは変わらない。脱炭素の実現に向けて、トランジション・エネルギー(過渡期のエネルギー)として、天然ガスとLNG(液化天然ガス)への期待は強まっている。脱炭素の実現に向けて、石炭、石油をはじめとした化石燃料(Fossil Fuel)に対する弱気の見通しをたてるIEA(国際エネルギー機関)も、2024年10月の世界エネルギー見通しにおいて、世界の天然ガス需要は、2030年に向けて増加すると予測している(図表1)。
(図表1)世界の天然ガス需要見通し(単位:10億立方メートル)
出所:IEA世界エネルギー見通し2024年10月
天然ガスは、単位熱量当たりの炭酸ガス排出量が石炭の半分程度と環境特性に優れた化石燃料である。一方電力は、常に需要と供給を一致させなければ、電圧、周波数が変化し、場合によってはブラックアウト(大規模停電)を起こすことから、季節、天候、時間により出力変動が激しい太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギーの普及により、電力の需要と供給の均衡が難しくなっている状況において、短時間で起動し、電力供給を補完することが可能なLNG火力発電の重要性が増している。さらに、石炭火力発電に多くを依存するインドをはじめとしたアジア諸国において、経済成長と脱炭素を両立させる現実的な解決策として、天然ガス火力発電が評価されている。これらの理由から、世界のLNG需要は、2040年以降も増加することが見込まれている。
2. 世界のLNG需要見通し
2024年時点において、LNG輸出国は20ヵ国、48の国と地域がLNGを輸入する受入基地をもっている。そのため世界の天然ガス需要は、21世紀に入って増加を続けており、4兆立方メートルを超えている(図表2)。LNGの貿易量も年間4億トンを超えており、21世紀に入って増加を続けている。今後の見通しについても、LNGの有力な生産者となっている石油メジャー(国際石油資本)のシェルは、2040年における世界のLNG需要は6億2,500万トン~6億8,500万トンに増加すると予測している。日本エネルギー経済研究所は、2050年における世界のLNG需要を年間7億トンと予測しており、21世紀半ばに向けて、世界のLNG需要は確実に増加することが見込まれている。
(図表2)世界の天然ガス消費量推移
(単位:10億立方メートル)
出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月
3. 今後も増加するLNG需要の要因
世界のLNG需要が、2030年以降2050年に向けて増加する要因としては、第1に東南アジア、インドをはじめとしたアジア諸国において、経済成長、ライフ・スタイルの向上、エアコンの普及等により、電力需要が増加する。さらに、AI(人工知能)の急速な技術革新により、電力需要の上乗せがあることも加わる。AIによる電力消費量は、通常のインターネットによる検索の10倍に達する電力が必要であるとされており、AIの半導体、データ・センターの新設等により、人口減少、省エネルギーによって電力需要が1兆キロワット時を割り込むとされていた日本においても、電力需要が増加の一途を辿る。第2に欧州諸国は、以前は隣国ロシアからのパイプラインによる天然ガス輸入によって、炭酸ガス排出削減を計画していた。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻により、ロシア産天然ガスに依存する地政学リスクが意識された。2025年1月に返り咲いたトランプ米国新大統領は、ロシアとウクライナの停戦に意欲を示すものの、かりに停戦が実現しても、プーチン大統領による強権体制が維持される限り、欧州諸国がロシアからの天然ガス輸入を再開することはなく、米国、カタール等からのLNG輸入に依存することとなる。第3に日本を抜いて世界最大のLNG輸入国となった中国も、米国、欧州によるロシア産エネルギーへの制裁、大気汚染防止策、地球温暖化対策として、米国、中東からのLNG輸入を今後も増加させることが見込まれる。中国は、不動産不況による経済成長率の鈍化があるものの、エアコンの普及、電気自動車(EV)の新車販売台数の増加等により、電力需要は増加している。それに対して、干ばつ等により、水力発電の発電量が減少しており、石炭火力発電、天然ガス火力発電を増強している。そのため、中国の天然ガス消費量は、21世紀に入り、増加を続けている(図表3)。第4に現在も世界の発電量の3割以上は石炭火力発電に依存しており、特にアジア諸国をはじめとした途上国において、石炭火力発電はもっとも重要なエネルギーとなっている。脱炭素の実現のため、経済的かつ技術的に可能な炭酸ガス排出削減策として、石炭火力発電からLNG火力発電への切り替えが、もっとも現実的であり、2050年に向けて、途上国のLNG需要は増加を続ける。
(図表3)中国の天然ガス需要推移と伸び率(%)
(単位:10億立方メートル)新BP統計
出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月
4. トランプ政権の誕生はLNGプロジェクトの追い風
バイデン政権は、地球温暖化につながり、米国国内の天然ガス価格の上昇をもたらすとして、米国からのLNG輸出の増加に慎重な姿勢をもち、2024年1月にFTA(自由貿易協定)非締結国に対して、新規のLNGプロジェクトの許認可を凍結した。そのため、2024年の米国における新規LNGプロジェクトのFID(最終投資決定)は1件もなかった。しかし、トランプ政権は、LNG輸出プロジェクトの凍結解除は、①米国のエネルギー産業にプラスの効果を与え、②米国の貿易収支を改善し、③ロシア、イラン等の強権国家のエネルギー収入を絶ち、④欧州、日本等の同盟国のエネルギー安全保障に資するとして、エネルギー・ドミナンス(米国によるエネルギー支配)を掲げている。トランプ新大統領は、2025年1月20日の就任当日にLNG許認可に係わる審査再開の大統領令に署名し、石油サービス会社のCEO(最高経営責任者)のクリス・ライト氏が長官となったエネルギー省は、翌日に許認可の審査を再開した。米国の新たなエネルギー関係の閣僚は、米国におけるシェール・ガスの開発、LNGの輸出、シェール・オイルの開発に前向き人材が登用されている(図表4)。
(図表4)トランプ政権エネルギー関係閣僚2025年
閣僚 | 現職 | 政治的主張 |
---|---|---|
国務長官 | マルコ・ルビオ、上院議員、外交政策の助言 | 対イラン強硬派 |
エネルギー長官 | クリス・ライト、石油サービス企業CEO | LNGの輸出促進 |
EPA長官 | リー・ゼルディン、元下院議員 | 化石燃料開発重視 |
内務長官 | ダグ・バーガム、ノースダコタ州知事 | 公有地のシェール・オイル開発 |
国防長官 | ビート・ベクセス、FOXテレビ司会者、元軍人 | 不法移民排斥 |
財務長官 | スコット・ベッセント、ウォール街投資家 | 規制緩和、保護貿易 |
商務長官 | ハワード・ラトニック、ウォール街の実業家 | 保護貿易主張 |
出所:各種新聞報道
トランプ政権は、過度に環境保護派の意見に傾いたバイデン政権のエネルギー政策を見直し、シェール・オイル、シェール・ガスの開発、メキシコ湾沖合い油田の開発、LNGの輸出増加が、米国経済を繁栄させ、日本をはじめとした友好国の安全保障にもつながるという現実的な政策を打ち出しており、API(米国石油協会)も、米国国内に眠るエネルギーの有効活用を歓迎している。
日本にとっても、データ・センターの相次ぐ新設、デジタル化の流れのなか、電力需要が増加するのに対して、国土が狭く、平地が少ないことから、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーの普及が伸び悩み、石炭火力発電をさらに拡大することが難しい状況において、米国からのシェール・ガスを原料としたLNG輸入の増加は極めて重要なものとなっている。特に、ロシアに対して制裁を強化する欧米諸国の一員として、LNG輸入の1割を占めるロシア産LNGの代替を考える必要があり、日本の三菱商事、三井物産等の総合商社は、新規LNGプロジェクトの計画をもっており、LNG調達源の多角化を図っている。
5. 今後期待される新規LNGプロジェクト
日本の総合商社は、今後のLNG需要の増加、調達源の多様化を見据え、UAE(アラブ首長国連邦)、マレーシア等における新規LNGプロジェクトの開発に注力している(図表5)。
(図表5)総合商社の新規LNGプロジェクト2025年
企業名 | 国名 | プロジェクト概要 |
---|---|---|
三井物産 | UAE | ルワイスの年産960万トンの10%権益取得 |
三菱商事 | カナダ | LNGカナダに15%出資し、210万トンのLNG権益 |
三菱商事 | マレーシア | ペトロナスのLNGプロジェクトの権益10%取得 |
住友商事・双日 | 豪州 | スカボローLNGの権益10%取得 |
三菱商事・三井物産 | インドネシア | タングーLNGの天然ガス田権益参画 |
三菱商事・三井物産 | 米国 | キャメロンLNGの拡張計画 |
出所:各種新聞報道
新規のLNGプロジェクトは、脱ロシア産天然ガスを実現するだけではなく、米国のLNG輸入価格は、ルイジアナ州ヘンリー・ハブ渡しの天然ガス価格に、トーリングとよばれる液化コスト、輸送コストを上乗せしたものとなり、豪州をはじめとした原油価格に連動する仕組みとは異なる価格フォーミュラであり、調達価格の多様化と原油価格高騰時のリスク・ヘッジにつながる。また、UAEのLNGプロジェクトは、プロジェクト全体のLNGの売り先を、参加する企業が協議する取り決めとなっている。通常は、LNGプロジェクトは、仕向け地条項があり、最初から販売先が決められていることが多いものの、UAEのプロジェクトは、柔軟に売り先を決めることが可能であり、LNGを必要とするアジア諸国に輸出することもできる。さらに、脱炭素の流れを踏まえて、新規のLNGプロジェクトは、従来の天然ガス・タービンによる天然ガスの冷却ではなく、太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギー、原子力発電等の脱炭素の電力を利用した液化を行う計画となっており、LNGの生産プロセスの炭酸ガス排出削減を計画している。
6. 米国とカタールのLNG生産能力は大きく増強される
今後の世界的なLNG需要の増加に対して、有力な供給源としては、2030年に向けて、カタールと米国のLNG供給量の増加が期待されている。カタールは、2017年に世界最大のノース・フールド天然ガス田のモラトリアム(開発猶予)を解除し、東部と南部、西部のLNGプロジェクトを開発することを決定し、現在の年産7,700万トンから、2030年に年産1億4,200万トンへと年産6,500万トンも生産能力を増強する。米国も、トランプ政権による新規LNGプロジェクトの審査凍結解除により、2030年に向けて年産1億トン程度の生産能力増強をはかることが見込まれる。米国は、日本の三菱商事、三井物産が参画するキャメロンLNG、大阪ガス、JERAが参画するフリーポートLNG、東京ガス、住友商事が参画するコーブ・ポイントLNG等のプロジェクトが生産能力の拡張を目指している(図表6)。
(図表6)米国LNG輸出プロジェクト2025年
地域 | プロジェクト名 | 事業主体 | 液化能力 (百万トン) |
---|---|---|---|
アラスカ | ケナイLNG | コノコ・フィリップス、マラソン | 20.0 |
ルイジアナ | サービンパスLNG | シェニエール・エナジー | 22.5+20 |
テキサス | フリーポートLNG | フリーポート、豪州マッコーリー | 13.9+5.1 |
ジョージア | エルバ・アイランドLNG | キンダー・モーガン | 2.5 |
メリーランド | コーブ・ポイントLNG | ドミニオン | 5.25 |
ルイジアナ | ドリフトウッドLNG | テルリアン | 27.0 |
ルイジアナ | レイク・チャールズLNG | サザン・ユニオン、シェル撤退2020年4月 | 16.4 |
テキサス | コルパス・クリスティーLNG | シェニエール・エナジー | 15.0+10.0 |
ルイジアナ | キャメロンLNG | センプラ・エナジー | 13.5+6.8 |
テキサス | ポート・アーサーLNG | センプラ・エナジー | 11.0 |
テキサス | ゴールデン・パスLNG | エクソンモービル、QE | 18.1 |
オレゴン | ベレセンLNG | ベレゼン | 7.8 |
テキサス | リオ・グランデLNG | ネクスト・ディケード | 11.4 |
ルイジアナ | カルカシューパスLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 10.0+20.0 |
ルイジアナ | プラクミンズLNG | ベンチャー・グローバルLNG | 13.33 |
出所:各種新聞報道
豪州の石油企業ウッドサイドも、米国のLNGプロジェクトに注目しており、2024年にテルリアンが手がけていたドリフトウッドLNGを12億ドル(約1,800億円)で買収し、プロジェクトの名称をルイジアナLNGに変更し、年産2,800万トンのLNG輸出を目指している。
7. 世界のLNG需要は確実に増加する
もちろん、世界のLNG需要について、強気の見通しばかりではない。IEA(国際エネルギー機関)は、脱炭素の流れにより、再生可能エネルギーが普及し、LNG需要はそれほど増加しないという見方もしている。一方、増加する見方としては、第1に途上国をはじめとして、経済成長、ライフ・スタイルの向上、都市ガス需要、電力需要の増加が、確実に見込まれる。大阪ガスはインドの都市ガス事業のインフラストラクチャー整備に参画する。インドの国土面積の1割に相当する地域に都市ガスの供給を計画し、成長するインドの都市ガス需要を取り込む。静岡ガスも、インドの都市ガス事業に参入している。第2に太陽光発電、風力発電等の再生可能エネルギーだけでは、出力が安定せず、猛暑の夏、寒波の冬に、風が吹かず、日照条件が不十分であれば、天然ガス火力発電は、必ず必要となる。2024年秋にも、再生可能エネルギーに大きく依存する欧州諸国は、気温が低下するなか、十分な太陽光が降り注がず、電力先物価格が高騰した。第3に21世紀は電力の世紀といわれていても、世界全体のエネルギー消費における電力の占める割合(これを電力化率という)は、3割程度であり、鉄鋼産業、化学産業をはじめとして、熱エネルギーが必ず必要な分野が50%以上を占めている。そのため、現在は石炭の熱エネルギーに依存している分野が、炭酸ガス排出削減のために天然ガスに切り替えられることも多くなる。そのため、世界のLNG需要は、2040年に年間8億トン近く、2050年に年間9億トン近くに増加すると期待されている(図表7)。第4に地球温暖化対策として、再生可能エネルギー、蓄電池の技術開発も行われているものの、2050年までに脱炭素技術の開発が間に合わない可能性も考えられる。航空機の脱炭素実現のためのバイオマス燃料、電力需給調整用の蓄電池等の技術開発も行われているが、2025年時点においては、高コストであり、LNGを完全に代替できるものとはなっていない。その場合に、気候変動対策と経済成長、エネルギー安全保障を両立させるために、必要なLNGプロジェクトへの投資を続けていくことが求められる。一歩一歩と地球温暖化対策を積み上げるためにも、世界のLNG需要は、2050年に向けて、確実に増加することが見込まれる。
(図表7)世界のLNG需要見通し(単位:百万トン)
2025年1月見通し
出所:各種専門機関の資料をもとに筆者推計

東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
- 【略歴】
- 1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職
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