気候変動への適応の重要性と企業戦略

気候変動への適応の重要性と企業戦略

2026.01.09 公開

猛暑、豪雨、渇水など、気候変動の影響は年々深刻化しています。脱炭素に向けた排出削減策だけでは、企業活動への影響を抑えきれない状況が迫っている今、「適応(Adaptation)」を経営戦略に組み込む重要性が高まっています。ブラジルで開催されたCOP30でも適応は主要な議題となり、気候災害の多い国を中心に適応計画が進んでいます。こうした中、気候変動を単なるリスクとしてとらえるのではなく、適応をテーマにしたビジネスも国内外で広がりつつあります。本コラムでは、国内外の適応計画の動向や、そこから生まれるビジネスチャンスについて紹介します。

1. 気候変動への適応の重要性

(1)COP30で「適応」が主要議題に

2025年11月、ブラジル・ベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約締約国会議)では、適応の議論が非常に重要な位置を占めました。ホスト国ブラジルの議長が「適応はもはやオプションではなく、気候変動への対応において不可欠」と明言したのと同時に、途上国の気候変動の影響を軽減する「適応」資金や、適応の状況を評価する適応指標などが議論されました。温室効果ガスの削減「緩和」だけでなく、これから起こる変化に備える「適応」を巡る議論が実質的ステージへと移行し、制度設計や資金拡充、指標整備に向けた基盤が整えられたといえます。

COP30で議論され、浮上した主な適応への方向性

  • ・途上国の気候変動の影響を軽減する「適応」資金を2035年までに3倍に拡大する。
  • ・各国の適応の状況を評価する世界共通の適応指標リストは合意に至らず、今後2年をかけた技術的検討期間(適応に関するベレン-アディスビジョン)を設ける。

アマゾンの熱帯雨林にあるブラジルの都市ベナンで開催されたCOP30

アマゾンの熱帯雨林にあるブラジルの都市ベナンで開催されたCOP30
©Media is Hope

(2)顕在化している気候リスク

世界の平均気温はすでに産業革命前より約1.3〜1.5℃上昇し、その結果

  • ・異常気象の頻度、強度の増加(豪雨・猛暑・干ばつなど)
  • ・農作物の収量、品質低下
  • ・水資源の不足
  • ・海面上昇
  • ・大規模な山火事
  • ・感染症リスクや熱中症リスクの拡大

といった被害が、すでに世界中で起こり、これらは「脱炭素(排出削減)」をどれだけ進めても、短中期的には完全に防ぐことができない状態まできています。

(参照)
2024 is the first year to exceed 1.5℃ above pre-industrial level(Copernicus)

2. 世界と日本での気候変動適応策の潮流

(1)世界の国々での適応策

国家適応計画(NAP:National Adaptation Plan)

気候変動による被害を最小化し、経済・社会のレジリエンスを高めるための中長期計画です。2010年のCOP16(カンクン合意)を機に制度化が進み、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)の支援枠組みの下、多くの国が策定と実施に取り組んでいます。2025年9月30日現在、144カ国がNAPプロセスを開始。特に、気候災害の多い国を中心に策定国が増加し、提出国の大半を途上国が占めています。

NAP(国際適応計画)の策定の流れ

NAPは「①脆弱性分析→②重点分野の設定→③政策策定→④資金調達」の流れで一般的には策定されています。

策定アプローチ 実施する内容例
①脆弱性評価
  • ・洪水、干ばつ、海面上昇、食料生産、インフラなど調査
  • ・衛星データや気候モデルを用いた将来予測
  • ・貧困層や小規模農家の被害把握 など
②重点分野の設定
  • ・農業・食料安全保障
  • ・水資源管理
  • ・都市インフラと防災
  • ・保健・感染症
  • ・沿岸部・漁業 など
③適応策の計画化
  • ・早期警戒システムの整備
  • ・減災を考慮したインフラ投資(堤防、排水路、道路高架化)
  • ・気候耐性の高い作物や灌漑技術の普及
  • ・再生可能エネルギーによる電化(災害時の安定電力)
  • ・感染症予防 など
④資金調達計画
  • ・緑の気候基金(GCF)
  • ・適応基金
  • ・世界銀行、アジア・アフリカ開発銀行
  • ・民間資金(気候保険、インパクトファイナンス)など

(2)日本の気候変動への適応策

気候変動適応法(2018年施行)

日本初の「適応」に特化した法律であり、国・地方自治体・事業者・国民の役割を明確化しています。

<主な内容>

  • ①「気候変動影響評価」を5年ごとに実施(環境省)
  • ②気候変動適応計画(環境省)
    2021年改定版では、7分野を重点対象としています。(下図参照)
    さらに、企業のレジリエンス向上やサプライチェーンの強靱化を「経済的適応」として重視しています。
  • ③地域での適応の強化
    各自治体が「地域気候変動適応センター」を設置し、地域の影響予測や取組を推進しています。
  • ④適応の国際展開
    日本は「アジア太平洋気候変動適応情報プラットフォーム(AP-PLAT)」を主導し、アジア各国の適応計画策定支援やリスクデータ提供などを通じ、国際的適応ビジネスの基盤整備を進めています。

3. 適応が求められる主な領域とテーマ

・農業分野
高温や干ばつに強い作物への転換、作付け時期の調整、スマート農業技術の導入。

・都市、建築分野
ヒートアイランド対策、緑化・遮熱設計、浸水リスクへの都市インフラ強化。

・水資源管理
ダム・貯水池の再設計、再生水の利用拡大、節水技術、水処理技術。

・産業、サプライチェーン
重要拠点の分散、エネルギー・物流リスクの多重化(BCP強化と一体化)。

・健康、労働環境
熱中症リスク管理、職場の温熱環境の改善、健康経営との連携。

4. 適応から生まれるビジネス機会と事例

気候変動の影響を避けたり、軽減するだけでなく、適応を需要(ビジネス機会)としてとらえるビジネスが拡大しています。

(1)気象・データ分析ビジネス

企業・自治体向けに「気候変動影響予測・異常気象予測サービス」などを提供。豪雨・熱波・洪水など気候リスクを可視化し、事業継続・施設管理・物流などに活用します。

  • ・IBM/Microsoft/Google Cloudなど:AIと衛星データを活用した気候リスク予測モデルを企業向けに提供。ESG情報開示や投資判断にも利用。

(2)農業・フードテック

気温上昇や干ばつへの「適応型農業」や農産物貯蔵・保存技術を開発します。

  • ・サカタのタネ、タキイ種苗:高温、乾燥に強い作物品種の開発。
  • ・ヤンマーアグリ:スマート農業技術を活用し、気候条件の変動にも対応できる栽培支援を展開。

(3)都市インフラ・建築

気温上昇・豪雨・浸水に適応する都市設計や住宅・商業施設の設計、建物の遮熱改修を進めます。

  • ・積水ハウス:高断熱、外付けシェードや高性能窓導入、屋上緑化や断熱屋根による遮熱、ZEB/ZEHと組み合わせたエネルギー需給最適化を推進。住宅性能表示やBELSに基づく設計で、耐暑・耐水の設計を標準化している。
  • ・日本ペイント:屋根・外壁向けの「遮熱(クール)塗料」を提供し、表面温度を数℃下げることで室内負荷を低減。

(4)水・防災インフラ

水不足・洪水対策の技術が国際的に需要拡大しています。

  • ・クボタ:海外での排水、水循環システム事業を強化。アジア・中東など気候リスク地域で展開。
  • ・日立製作所:AIを使った水供給予測、災害時の早期警戒システムを展開。

(5)エネルギー・レジリエンス

分散型エネルギーや再生可能エネルギーによる「災害対応力」を高めます。

  • ・大阪ガス:災害時に地域へ電力、熱を供給できる分散型エネルギーシステム(マイクログリッド)を推進。

(参照)
3電池を活用したエネルギーマネジメントの実証について〜神戸市との脱炭素都市実現に向けたエネルギーマネジメント実証結果のご報告〜(大阪ガス)

<関連コラム>
脱炭素経営とBCPを同時に進める「エネルギーレジリエンス」

(6)健康・労働環境

熱中症リスク軽減、労働環境の整備を行います。

  • ・ワークマン:“熱中症4大リスク”である「気温・湿度・輻射熱・風」に対応可能な暑熱軽減ウェアを開発。
  • ・大阪ガス:放射冷却素材「SPACECOOL」の開発と利用。テントや屋外機器、断熱材などに利用。

(参照)
SPACECOOL®(炎天下でも宇宙に熱を逃してゼロエネルギーで冷え続ける新素材)(大阪ガス)

(7)保険・金融分野

気候リスクをビジネス化する新しい金融スキームが開発されています。

  • ・損害保険ジャパン:気候変動に伴う自然災害リスクを分析し、企業向けに気候リスクに対する補償をオーダーメイドで提供。
  • ・三井住友信託銀行:異常気象や天候不順により、企業が被る売上減少や費用増加といったさまざまな損失をヘッジする金融商品「天候デリバティブ」を提供。

※このほか、A-PLATでは適応ビジネス事例を数多く掲載しています。

(参照)
適応ビジネスの事例(気候変動適応情報プラットフォーム)

5. 海外の適応市場をとらえたビジネス

海外適応市場(特に途上国・アジア太平洋地域)は、気候リスクが高く、適応ニーズが顕在化しているという特徴があります。そのため、日本企業が持つ技術・サービス(例:水管理、農業支援、インフラ強靭化、気象予測・警報システムなど)を展開するチャンスがあります。ただし、単なる技術の輸出ではなく、「現地ニーズの理解」「パートナーシップ(自治体・現地企業・国際協力機関)」「資金・ビジネスモデルの設計」が重要です。

適応テーマ 分野 活動した国 内容
洪水対策インフラ・防災情報 建設・通信 バングラデシュ
  • ・建設企業などが、洪水・高潮対策の堤防、排水路、河川整備に参画
  • ・JICAと連携し、都市の排水機能向上や浸水リスク低減の計画を支援
    「ICT×防災」は、日本企業の強みが活きる領域
高潮・海面上昇対策 インフラ・ICT ベトナム
  • ・通信企業などが気象・災害警報システムを導入
  • ・現地政府と共同で早期警戒インフラを整備
  • ・海面上昇で沿岸都市の洪水頻度が増す中、計画的な適応策として活用
海岸保全・海面上昇・持続的観光 造船・土木 モルディブ
  • ・造船や海洋土木系企業が、消波堤や海岸保全インフラ整備を支援
  • ・海面上昇・高潮リスクへの適応策が、観光資源の保全と直結。「観光×適応投資」という新たなビジネスモデルに
水資源改善 水処理 フィリピンほか東南アジア
  • ・総合電機企業が上下水処理の改良・再利用によって都市の水供給安定性を向上
気候レジリエント 保険・金融 ケニア
  • ・保険会社が、干ばつ保険(インデックス保険)を展開
  • ・衛星データで雨量を解析し、共済のように小規模農家を補償

6. まとめ

気候変動の影響をまったく受けない企業は存在しません。NAP(国際適応計画)と同様に、自社にとっての気候リスクを分析し、将来予測を踏まえて適応策を検討し、中長期計画と資金計画に組み込むアプローチが必要不可欠になっています。また、影響を軽減するだけでなく、自社の技術やシーズが適応市場でどのように役立つかを検討することも、新たなビジネス機会の発掘につながります。国が提供する「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」などにもさまざまな事例や情報が整理されています。避けて通ることのできない気候変動への適応は、脱炭素とあわせて、両輪で進めていくことが求められています。

箕輪 弥生(みのわ やよい)箕輪 弥生(みのわ やよい)
環境ライター・ジャーナリスト
NPO法人「そらべあ基金」理事

環境教育から企業の脱炭素、循環型ライフスタイルまで幅広いテーマで環境分野の記事や書籍の執筆・編集を行う。NPO法人「そらべあ基金」では子供たちへの環境教育や自然エネルギーの普及啓発活動に関わる。個人的にも太陽熱や雨水を使ったエコハウスに住む。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」文化出版局、「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」・「環境生活のススメ」飛鳥新社 他。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)会員。また、2015年~2018年「マイ大阪ガス」で「世界の省エネ」コラムも連載。

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