デジタル×脱炭素で進める「気候テック」の潮流

デジタル×脱炭素で進める「気候テック」の潮流

2025.12.23 公開

脱炭素が経営の前提条件となる中、企業は省エネや再生可能エネルギーの導入にとどまらず、データに基づいた「脱炭素経営」へと舵を切ることが求められています。こうした取り組みを支えるのが、AI、IoT、ブロックチェーンなどのデジタル技術を活用し、エネルギー消費やCO₂排出量を可視化・最適化する「気候テック(Climate Tech)」です。気候テックによって解決が期待される課題やGX政策との関係など、産業の枠を越えて広がるこの潮流について紹介します。

1. 気候テックとは

気候テック(Climate Tech)とは、温室効果ガス排出量の削減や、気候変動に伴う課題の解決に貢献するテクノロジーの総称です。この市場は年々拡大しており、2022年の投資額は500億ドルに達しました。
一方で、米国における政権交代の影響や世界的な経済情勢の不透明感から、直近の投資額はやや鈍化している状況です。それでも、中長期的には企業価値向上と気候変動対策の両立を可能にする成長分野として、引き続き高い注目を集めています。

(参照)
Climate Techに関する国内外の市場動向について(環境省)

2. 気候テックの主な分野

分野 主な技術・事例 目的
再生可能エネルギー 再エネ発電技術、蓄電池製造、供給網の構築 CO₂を排出しない発電の拡大
エネルギー管理 スマートグリッド、分散型電源制御、AIによる需要予測、エネルギー貯蔵 エネルギー利用の最適化と安定化
産業プロセス 工場IoT、省エネAI制御、廃熱回収、電化の推進 生産段階での排出削減と効率化
モビリティ EV、MaaS(※1)、水素・バイオ燃料、自律走行、交通シェアリング 移動に伴う排出削減
カーボンアカウンティング CO₂見える化プラットフォーム、ブロックチェーン追跡、衛星データ(リモートセンシング)による分析 排出量の算定と報告
CO₂吸収・除去 CCS(※2)/CCUS(※3) カーボンリムーバル(CO₂の吸収・回収・貯留・利用)
農業・食品 スマート農業、再生型農業(リジェネラティブ農業)、土壌炭素クレジット、代替肉・培養肉 農業の脱炭素化とフードシステムの転換
金融 カーボンクレジット、サステナブルファイナンス、PCAF(※4)/TCFDなどのデータ管理・開示支援 環境価値の証明、データ管理・開示サポート、サステナブル技術への資金調達
  • ※1 MaaS(マース):「Mobility as a Service」の略で、交通手段やサービスに、自動運転やAIなどのテクノロジーを組み合わせた次世代型の交通サービス
  • ※2 CCS:「Carbon dioxide Capture and Storage」の略語で、CO₂を分離・回収し、地中などに貯留する技術
  • ※3 CCUS:「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略語で、回収したCO₂を貯留するだけでなく、燃料や素材などへ「利用」する技術
  • ※4 PCAF:「Partnership for Carbon Accounting Financials」の略で、金融機関が「融資・投資に伴う温室効果ガス排出量」を統一的な方法で算定・開示するための国際イニシアチブ

3. デジタルが支える脱炭素経営の課題と気候テックの活用

気候テック(Climate Tech)の中でも脱炭素経営を支える中核技術とも言えるのがデジタル技術です。特にエネルギー、製造、インフラ分野では急速に実装が進んでいます。ここではこれらの分野で活用が期待されるデジタル技術について紹介します。

(1)脱炭素経営の課題

気候テックが企業にとってどのような課題解決に役立つのかを整理すると、以下の点が挙げられます。

  • ・排出削減の“見える化”と管理
  • ・生産プロセスや設備運用の最適化(エネルギー効率の課題)
  • ・脱炭素投資やESG経営への対応
  • ・サプライチェーン全体の脱炭素化(Scope3対応)
  • ・気候変動リスクへの適応(レジリエンス強化)

(2)気候テックを使った脱炭素経営の手法例

①IoTでリアルタイム監視

IoT(Internet of Things)は、工場設備、ビル、発電機器などにセンサーを設置し、電力・熱・ガス・水の使用量や稼働状況をリアルタイムで取得・蓄積する技術です。これにより、従来は月次や年次単位でしか把握できなかったCO₂排出量を、分単位、設備単位で可視化できるようになります。

効果:「見える化」が脱炭素の出発点

  • ・エネルギーの無駄や異常を即座に検知できる
  • ・設備単位で効率を比較し、改善余地を特定できる
  • ・CO₂排出量の正確な算定が可能となり、ESG報告やScope3開示に活用できる

Daigasグループでは、工場やビルの熱・電力をIoTで監視し、クラウド上で可視化する「エネルギー・マネジメントシステム」を提供しています。異常検知や最適運転支援にも役立てています。

(参照)
遠隔AIエネルギーマネジメントシステムを用いたサービス開始について(大阪ガス・Daigasエナジー)

②AIで最適運転・予測制御

AI(人工知能)は、過去の稼働データや天候、需要変動などを学習し、最も効率の良い運転や計画パターンをリアルタイムで導き出します。特に、空調、ボイラー、冷凍冷蔵設備、及び分散電源など、エネルギー消費が大きい設備の効率化や建築計画などに高い効果を発揮します。

効果:自律的なエネルギー効率化

  • ・環境、気温、稼働条件の変化に応じて自動で最適運転を選択
  • ・メンテナンス周期を予測し、機器寿命を延ばすことに貢献

事例

  • ・Google(米)
    データセンターの冷却システムをAIで制御し、エネルギー使用を40%削減。現在は「24時間カーボンフリー電力」の実現を目指し、リアルタイム再エネ管理にも取り組んでいます。

DaigasグループではAIと気象予測を組み合わせ、関西万博における建設現場の安全性と効率向上に寄与しました。

(参照)
Daigasグループ 大阪・関西万博での挑戦 AI×気象予測で、建設現場の安全性と効率アップ(大阪ガス)

③デジタルツインで設備運用の効率化

デジタルツインとは、現実の設備や建物を仮想空間上に“デジタルの双子”として再現し、シミュレーションや最適化を事前に行う技術です。IoTで取得したリアルデータをもとに、仮想モデル上で「もしこの条件ならどうなるか」を瞬時に試算できます。

効果:仮想空間で最適解を検証

  • ・設備の導入前に効率や費用対効果をシミュレーションできる
  • ・運転条件の変更によるCO₂削減効果を事前検証可能
  • ・現場に手を加えずに最適化の精度を高められる

④ブロックチェーンでトレーサビリティ確保

ブロックチェーンは、取引履歴を分散台帳で記録することで、改ざんされないデータ管理を実現する技術です。再エネ電力証書やCO₂クレジット、サプライチェーン排出データなどの「信頼性重視される情報」の管理に活用が広がっています。

効果:脱炭素データの信頼性を保証

  • ・再エネ由来の電力証明やカーボンクレジット取引の透明性確保
  • ・サプライチェーン全体で排出情報を共有し、真正性を担保

⑤サプライチェーン排出(Scope3)の開示対応

Scope3とは、企業の直接排出(Scope1)や購入電力由来の排出(Scope2)に加え、取引先や物流など、バリューチェーン全体で発生する間接排出を指します。Scope3の開示は、国際的なESG開示基準(ISSB/TCFDなど)でも報告が求められており、日本でも2027年度以降、有価証券報告書への開示義務化が進む見込みです。

効果:Scope3のデータ可視化とトレーサビリティ確保

  • ・IoT、センサーなどで収集した排出データをAI、クラウドにより整理、分析
  • ・ブロックチェーンでデータ改ざんを防ぎ、信頼性を確保
  • ・デジタルツインでサプライチェーン全体の削減策を事前検証

4. 国内外企業の取り組み事例

テーマ 企業 事例
エネルギー管理 シーメンスSiemens(独) 電力網や製造設備を対象にデジタルツインを導入し、運転最適化と省エネを実現。物質循環量を約40%削減した。
Daigasグループ 地域単位でのエネルギー利用を「見える化」し、最適制御する実証と商用サービスを展開している(エネルギーマネジメント事業)。
産業プロセス(製造部門の脱炭素) 日本製鉄 大型電気炉や高炉での水素還元、鉄の水素直接還元など、炭素から水素への転換による低炭素化技術を開発している。
モビリティ(移動の脱炭素化) 小田原市 電気自動車(EV)の導入・シェアリングを進め、EVを「動く蓄電池」として地域エネルギーマネジメントに活用。充電インフラ整備と地域電力需給の調整を組み合わせた運用を進めている。
カーボンアカウンティング(排出量計測・開示) アスエネ 国内企業向けにCO₂排出量の可視化SaaS(Software as a Service)を提供し、エネルギー事業者との連携でScope3の排出量算定を自動化している。
CO₂吸収・除去 鹿島建設 CO₂を吸収するコンクリートを開発し、建設分野における除去技術の拡大を進めている。
農業・食品(Agri-Tech/Food-Tech) Indigo Ag(米) 土壌炭素クレジットと農業データを組み合わせ、排出削減を支援。再生農法(リジェネラティブ農法)を導入する農家を支援し、土壌炭素をクレジットとして商品化している。

(参照)
The Digital Twin at Siemens Electronics Factory Erlangen(シーメンス)
脱炭素都市の実現に向けたエネルギーマネジメント実証事業(Daigasグループ)
Carbon Neutral Vision 2050(日本製鉄)
小田原・県西エリアにおける脱炭素型地域交通モデル構築を通じた地域循環共生圏構築事業(小田原市)
D-Lineup×アスエネ(CO₂見える化・削減)(大阪ガス・Daigasエナジー)
CO₂吸収コンクリート(鹿島建設)
Carbon By Indigo(Indigo Ag)

5. GX政策との関連

GX(Green Transformation)とは、エネルギー、産業構造、社会システム全体を脱炭素型へ転換することを目指す国家戦略です。政府は2023年に成立した「GX推進法」をもとに、2030年までに150兆円規模の官民投資を促す方針を示しています。こうしたGXの具体的な実現手段として、気候テックは政策支援の対象となっており、企業の脱炭素化を加速させる重要な役割を担っています。

気候テックとGX政策との関係例

GX施策 連動する気候テック分野 目的 対応する補助金例
カーボンマネジメントの高度化 IoT・AI・ブロックチェーン 排出量の可視化・検証 「企業間連携による省CO₂設備投資促進事業」等(環境省)
分散型エネルギー管理 デジタルツイン・EMS
(エネルギー・マネジメントシステム)
地域単位で最適制御 「再生可能エネルギー導入拡大に向けた分散型エネルギーリソース導入補助事業」(経産省)
産業プロセスの電化・水素化 IoT+AI制御 生産設備の省エネ最適化 「低炭素水素等サプライチェーン構築支援」(経産省)
グリーン成長産業支援 スマートシティ、EV、再エネ制御 データ連携によるエネルギー最適化 「事業再構築補助金グリーン成長枠」(中小企業庁)

※補助金事業は、終了しているものもあります。

6. まとめ

企業が脱炭素を進めるうえでは、「データの精度」「削減の即効性」「コストとの両立」など、さまざまな課題に直面します。これらの課題に対し、デジタル技術が果たす役割は大きく、気候テックは解決の重要な手段となり得ます。特に、2027年3月期からScope3を含む気候関連情報の開示義務化が始まることから、排出量の可視化や最適化は企業にとって必須の取り組みとなります。政府のGX戦略により気候テックへの支援拡充も期待されるため、自社の状況に応じて必要な技術を見極め、導入の検討を進めることが重要です。

箕輪 弥生(みのわ やよい)箕輪 弥生(みのわ やよい)
環境ライター・ジャーナリスト
NPO法人「そらべあ基金」理事

環境教育から企業の脱炭素、循環型ライフスタイルまで幅広いテーマで環境分野の記事や書籍の執筆・編集を行う。NPO法人「そらべあ基金」では子供たちへの環境教育や自然エネルギーの普及啓発活動に関わる。個人的にも太陽熱や雨水を使ったエコハウスに住む。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」文化出版局、「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」・「環境生活のススメ」飛鳥新社 他。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)会員。また、2015年~2018年「マイ大阪ガス」で「世界の省エネ」コラムも連載。

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