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2024.08.29

米国大統領選挙におけるトランプ再選の可能性と脱炭素の今後

米国大統領選挙におけるトランプ再選の可能性と脱炭素の今後

1. 米国大統領選挙は脱炭素にも大きなインパクト

 筆者が米国大統領選挙の見通しについて執筆にとりかかっているとき、2024年7月13日にトランプ候補が銃撃されたというニュースが入り、さらに週明け22日にはバイデン大統領の大統領選撤退と、米国大統領選挙は急展開を迎えた。米国大統領候補に対するテロ行為は、民主主義への重大な挑戦として、銃撃事件がトランプ候補に有利かどうかを安易に論じるべきではないという意見も強い。しかし、今回の銃撃事件を通して、米国大統領選挙がどのように動くのかは、米国の国内政治のみならず、世界の気候変動対策、脱炭素にも大きなインパクトを与える。過去に例を見ないほど、①人種、性の多様性を尊重するのか、②自由貿易を維持するのか、③地球温暖化対策に対する国際的な枠組みパリ協定を離脱するのか、④米国における石油・天然ガス開発を促進するのか、等数多くの論点において、トランプ候補とバイデン大統領の主張は正反対の立場にある(図表1)。民主党の新しい大統領候補として、民主党全国党大会でカマラ・ハリス副大統領が指名されたが、カマラ・ハリス氏の主張が、バイデン大統領の主張と大きく異なることはまず考えられない。トランプ候補が大統領となるのか、民主党の新候補が大統領となるのかは、日本のみならず世界の脱炭素政策にも関係する。

(図表1)トランプ候補とバイデン大統領の主張の違い

トランプ バイデン
パリ協定 米国経済にマイナスとなり離脱 地球環境保護のため復帰
化石燃料 石炭など化石燃料産業保護 環境インフラに4年間に2兆ドル投資
炭酸ガス 炭酸ガスによる地球温暖化はない 2050年までにカーボンニュートラル
環境規制 民主党の環境規制を緩和 2035年までに発電部門の炭酸ガス排出ゼロ
シェール・オイル 政府保有地の環境規制緩和 政府保有地の開発規制
LNG 新規LNGプロジェクトの解禁 新規LNGプロジェクトの認可凍結
石油産業 石油産業と親密 石油産業に距離を置く
ウクライナ危機 NATOとの関係見直し 民主主義国家の連帯強化
キーストーン・パイプライン 建設を承認 建設認可取り消し
OPECプラス サウジアラビアと蜜月 人権抑圧を批判
自動車 電気自動車優遇を見直し 2030年までに電気自動車を50%
再生可能エネルギー 安定供給を損なう 再生可能エネルギーに積極投資
人権外交 権威主義的政権との宥和 人権保護を強調
移民 不法移民の強制送還 移民に寛容
イラン 核合意破棄 核合意復帰

出所:各種新聞報道

2. トランプ候補が優勢な米国大統領選挙

 2024年7月下旬時点においては、トランプ候補のほうが相対的に大統領選挙を有利に闘っている。米国の大統領選挙の仕組みも、トランプ候補に有利に働く。米国の大統領は米国国民の選挙によって決まるものの、直接選挙の制度をとっていない。もし、単純に米国国民全体の多数決の制度をとると、民主党の候補が有利である。米国全体をみると、リベラルな白人、黒人、ヒスパニック(中南米系の米国人)をはじめとした民主党支持者のほうが数は多い。これまでも、2016年の大統領選挙は、民主党のクリントン候補、2020年の大統領選挙は、民主党のバイデン大統領、いずれも民主党候補の米国全体における総得票数のほうが、トランプ候補よりも多い。しかし、トランプ候補が大統領となることがある。その理由は、①米国の50州に538人の選挙人を配分する。②各州で選挙を行い、共和党候補か、民主党候補を選ぶ選挙を行う。③その州において、1票でも上回った候補が、その州の選挙人をすべて得られる。つまり、勝者総取り方式となっている。④すべての州を集計して、270人以上の選挙人を勝ち得た候補が、米国大統領となる。ということが挙げられる。つまり、米国全体の国民の過半数をとっているかではなく、各州に分配された選挙人の過半数を取れるかどうかが、米国の政治・経済、ひいては世界の脱炭素政策を決める。米国は、共和党支持の保守と民主党支持のリベラルは、はっきりと考え方が異なる(図表2)。日本人の多くがもっている、人種の多様性に寛容な、民主主義米国のイメージは、ニューヨーク州のような、民主党支持のリベラルであり、実際には伝統的な白人中心主義の保守的な州も半分存在する。米国の共和党支持者の過半数は、地球温暖化はないと考えている。

(図表2)米国における保守とリベラルの違い

共和党=保守 民主党=リベラル
国際協調 米国第一 グローバル化に賛成
大企業 大企業の大型減税 組合の労働者重視
多様性 白人中心主義 いろいろな人種の権利を認める
移民政策 移民の強制送還 移民に寛容
気候変動 地球温暖化はない 脱炭素を実現
人工妊娠中絶 基本的に反対 女性の権利を認める
石油・天然ガス 米国経済のために油田開発促進 石油消費を抑制
自動車 大型のガソリン車を好む 電気自動車の促進
支持層 保守的な白人 知的白人とマイノリティー

 米国の保守とリベラルの対立が重なって、最初から民主党を支持するカリフォルニア州、ニューヨーク州と、共和党を支持するテキサス州、ルイジアナ州は、極論すれば、どのみち選挙結果は決まっているので、選挙運動に力を入れない。重要となるのは、選挙のたびに民主党支持、共和党支持が変わる、スイング・ステート(激戦州)を獲得することとなる。
具体的には、国際競争に負けた、ラスト・ベルト(錆びた工業地帯)に位置するペンシルバニア州、ミシガン州、オハイオ州、ウェスコンシン州等である。こうした州は、もともと、自動車産業、鉄鋼産業、石炭産業、シェール・ガス産業が盛んであり、高卒の白人労働者が多い。安価な中国製品に席捲され、衰退した工業地帯において、グローバル化の波に不満をもった労働者に救いの手を差し伸べたのがトランプ候補である。トランプ候補は不満をもった白人労働者に、「あなたたちは悪くない。悪いのは安売りする中国製品である。関税をかけよう。地球温暖化などなく、石炭も、石油ももっと掘ればよい」と語って、労働者の熱狂的な支持を得ている。

3. トランプ候補の再登場と石油・天然ガス産業

 トランプ候補が大統領選挙において再選された場合には、米国はパリ協定を離脱し、炭酸ガス排出削減の義務を負わなくなる。米国は、中国に次いで、世界第2位の炭酸ガス排出国である(図表3)。

(図表3)国別炭酸ガス排出量割合(%)

2023年世界合計 351.29億トン

(図表3)国別炭酸ガス排出量割合(%)

出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月

 炭酸ガス排出量世界第1位の中国はパリ協定に加盟しているものの、2023年も石炭消費量が増加し、炭酸ガス排出量が増えている。それに加えて米国が炭酸ガス排出義務を負わないと、パリ協定そのものが事実上形骸化する。途上国のなかには、コストを負担してまで炭酸ガス排出削減を行う必要はないと同調する国もでてくる可能性がある。
これまでバイデン大統領は、民主党の地球温暖化対策から、石油業界とは疎遠の関係にあり、米国のシェール・ガス生産企業、シェール・オイル生産企業は、石油が座礁資産(Stranded Assets)となる懸念から、新規投資を抑制してきた。しかし、トランプ大統領となると、新規の油田開発、天然ガス開発が促進され、石油企業の業績は向上する。トランプ候補はかねてより、シェール・オイル企業コンチネンタル・リソーシズのハロルド・ハムCEO(最高経営責任者)等と親密な関係にあり、石油開発の規制を緩和する。はやくも米国の株式市場は、トランプ大統領誕生による石油・天然ガス開発企業の活況を睨んで、石油企業の株価が上昇している。既に、バイデン政権の時期から、原油価格の上昇を受けて米国の原油生産量は過去最高を記録している(図表4)。

(図表4)米国の原油生産量(単位:日量千バレル)

(図表4)米国の原油生産量(単位:日量千バレル

出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月

 米国の原油生産量(プロパン、ブタンをはじめとした天然ガス液も含む)は、日量2,000万バレル近くに達し、世界の石油需要日量1億バレルの2割を占める。トランプ大統領誕生となるならば、米国の石油・天然ガス生産はさらに拡大し、日本にとっても、石油・天然ガスの安定供給につながる。
電気自動車についても、従来の普及促進策は大きく見直される可能性がある。バイデン政権は、輸送部門における脱炭素の実現の切り札として電気自動車普及を掲げ、IRA(インフレ抑制法)によって、電気自動車1台当たり7,500ドル(約120万円)の税額控除を行っている。しかし、中国製の安価な電気自動車が米国市場を席捲するという労働者の懸念を受けて、トランプ候補は電気自動車に対する優遇措置を廃止すると表明している。こうしたトランプ候補の主張は、世界に拡大している。電気自動車が従来の自動車企業で働く労働者の雇用を奪うとして、選挙に配慮してバイデン政権も、中国製の電気自動車に100%の関税をかけ、欧州諸国も中国製の電気自動車に追加関税をかける(図表5)。

(図表5)見直されるガソリン車廃止政策

国名 概要
フランス 2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針
英国 2030年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針→2035年に先送り
米国 バイデン大統領は2030年までに新車販売の50%以上をEVに
米国 2024年にEVの普及目標を2032年に最低35%に引き下げ
米国 2024年5月に中国製電気自動車に100%の関税
ドイツ 2030年にガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針
カナダ 2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止、すべてZEVに
オランダ 2025年以降はガソリン車とディーゼル車の新規販売を禁止する法案
ノルウェー 2025年にガソリン車とディーゼル車の新規販売を禁止
スウェーデン 2030年にガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針
EU 2035年にガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する合意
EU ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車も2035年に販売禁止
EU 2023年3月→合成燃料限定の内燃機関を2035年以降も容認
EU 2024年7月に中国製電気自動車に追加関税
中国 2019年からNEV規制→HV車の規制緩和
中国 2035年までに新車販売をハイブリッド車(50%)とNEV(50%)にする方針を2020年に表明
中国 2024年1月に2027年までにNEVを45%に引き上げ
インド 2030年までにガソリン車とディーゼル車の販売禁止→その後見直し
米国ニューヨーク州 2035年までにガソリン車販売禁止
米国カリフォルニア州 2035年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止、すべてZEVに
米国カリフォルニア州 2035年にハイブリッド車の販売禁止
米国カリフォルニア州 2045年までに商用車についても、ZEVに
東京都 2030年までにガソリン車の販売禁止
日本 2035年までに、電動化する→ハイブリッド車の販売は認める
日本 2040年までに小型商用車を電動化

出所:各種新聞報道

 トランプ大統領の誕生は、米国のシェール・ガスを原料としたLNG(液化天然ガス)の輸出にも影響する。バイデン政権は、環境評価の関係から新規のLNGプロジェクトの認可を凍結している。しかし、トランプ候補は新規LNGプロジェクトの認可凍結解除を掲げ、LNGの輸出が米国の貿易収支の改善に貢献し、米国のエネルギー産業、ひいては米国経済繁栄に資するとしている。米国は、2023年には、豪州、カタールを抜いて、世界最大のLNG輸出国となっている(図表6)。

(図表6)国別LNG輸出量(単位:万トン)

2023年世界輸出量 4億140万トン

(図表6)国別LNG輸出量2023年GIIGNL統計(単位:万トン)

出所:国際LNG輸出者協会統計

4. 日本にも影響するトランプ大統領再登場

 世界最大の経済力、軍事力を有する米国の大統領が、ペンシルバニア州、ミシガン州等の比較的小さな州の労働者による脱炭素への反対論、中国製電気自動車の脅威論によって決まる矛盾があるものの、いったん大統領となれば、パリ協定の離脱等大きな政治変動を世界にもたらすことは事実である。日本も、「もしトラ」に備えなければならない。まず2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の流れは、長期的には不変であるものの、トランプ政権の4年間は、脱炭素の世界的な流れが停滞することは間違いない。また、シェール・ガスを原料としたLNGの生産時の炭酸ガスをCCS(炭酸ガス回収・地下貯留)によって回収し、よりクリーンなLNGを輸出するプロジェクトへの政府の支援も難しくなる。
他方、プラスの面としては、米国がLNGの輸出プロジェクトをより積極的に行い、世界のLNG需給が緩和し、日本にとっても、より安価なLNGを安定的に調達できる道が開けることが挙げられる。ロシアによるウクライナへの侵攻により、欧州諸国のLNG輸入が増加し、世界的にLNG需給が逼迫している状況において、フリーポート等のLNGプロジェクトは、既存設備の拡張工事により、比較的早くLNG輸出能力を拡大できる。また、日本の自動車企業は、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車等の全方位戦略をとってきたが、トランプ大統領が電気自動車の優遇策を廃止しても、日本が得意とするハイブリッド車の米国における販売を拡大できるというメリットがある。ハイブリッド車は、ガソリン車の一つとして炭酸ガスを排出するものの、段階的に炭酸ガス排出を削減できる。

5. 矛盾を含むトランプ候補の政策と日本のとるべき方策

 従来の自由主義経済学は、資源配分の効率を重視し、競争を促進し、規制を緩和し、グローバル化を行えば、経済は成長して、より安価な製品が手に入ると考えてきた。しかし、移民により人口が増加し、働き手が増えて、グローバル化により経済は成長し、中国の安価な製品が手に入るとしても、競争に負け、取り残された白人労働者をどのように人間らしく扱うのか。その視点が、ワシントンの知的エリート層に欠けていた面もある。脱炭素政策により、中国製の太陽光発電パネル、風力発電機が、欧米の市場を席捲していることも事実である。数兆円を超える資産をもつIT富豪が誕生する一方、中間層が没落している。こうした額に汗して働く労働者の不満を世に知らしめたことがトランプの功績であることは間違いない。
ただ、トランプの主張にも矛盾はある。トランプ候補は、電気自動車の優遇策を廃止し、白人労働者を守るといいながら、電気自動車で富を築いたイーロン・マスク氏から、熱烈な支持を受ける。副大統領候補となったバンス氏は、大統領選挙の決め手となる、ラスト・ベルト出身の苦学した上院議員として、「ウォール・ストリートのいいなりにはならない」と表明しているものの、ウォール・ストリートは、トランプ大統領誕生による富裕層減税を期待して、ニューヨーク・ダウ平均株価は史上最高値を記録している。そもそも、トランプ候補が主張しているように、財政支出を拡大し、減税を行えば、米国政府の債務残高が増加し、金利が上昇して、景気後退につながり、ドル高による貿易赤字の拡大をもたらす。トランプ候補の掲げる偉大な米国は、自国通貨ドル高を意味し、米国国民が損するとされる貿易赤字につながる。
米国は日本と異なり、州の集まりによって構成される合衆国である。再びトランプ大統領が誕生しパリ協定を離脱しても、カリフォルニア州は民主党を支持する州として、脱炭素、脱ガソリン車の動きを続けるであろう。日本の政府も、エネルギー企業も、消費者も、トランプ大統領再登場に一喜一憂することなく、日本とアジアにおけるエネルギー安定供給、アジア大洋州の安全保障の観点から、日本の国益と脱炭素の長期的な視点を保持しつつ、脱炭素の技術を磨き上げ、国家としての米国と各州との、状況に応じた賢い付き合い方が求められる。

岩間 剛一 Kouichi Iwama
岩間 剛一Kouichi Iwama
和光大学経済経営学部教授(資源エネルギー論、マクロ経済学、ミクロ経済学)
東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
【略歴】
1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職

ENERGY BUSINESS PRESSのバックナンバーはこちらからご覧いただけます。(2017年2月より掲載しています)

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