2023.11.01
2022年2月のウクライナ危機、2023年10月のイスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスによる戦闘行為等、国際エネルギー情勢を揺るがす危機の勃発、2022年の夏、2023年の夏と毎年のように続く猛暑も加わり、エネルギーの安全保障とともに地球温暖化対策としての脱炭素への要請が強まっている。世界の主要国は、2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)実現を目指して、脱石炭、脱石油の政策をとり、太陽光発電、風力発電をはじめとした、炭酸ガスを排出しない再生可能エネルギーの導入を促進している。しかし、脱炭素の実現のために再生可能エネルギーを普及させるといっても、もともと国土面積が小さく、山間部が7割を占め、平地面積の割合が少ない日本にとっては、陸上の太陽光発電、風力発電だけでは、1億2,000万人の国民と企業への十分な電力供給はできない。しばしば、日本は再生可能エネルギーの普及が遅れているといわれるが、実は平地面積当たりの再生可能エネルギーによる発電量は、環境先進国ドイツを抜いている(図表1)。既に、少ない平地における太陽光発電等の普及は、ドイツを上回っており、今後も太陽光発電を増やすには、家庭の屋根、ビルの壁等に太陽光発電パネルを設置するしか方法がない。
そこで期待されるのが、狭い陸地の制約にとらわれない、海上に建設される風力発電、すなわち洋上風力発電である。日本は四方を海に囲まれ、38万平方キロメートルに過ぎない国土面積と合わせると世界第6位の440万平方キロメートルを超えるEEZ(排他的経済水域:国際条約で定められた、海岸線から200海里370キロメートルの海域は、油田開発、漁業等が自由に行える)を持っている。既に、欧州諸国は排他的経済水域における洋上風力発電を行っている。この広大な海域を利用した洋上風力発電の潜在的な発電能力は、日本風力発電協会の試算によれば、着床式洋上風力発電が1億2,800万キロワット、浮体式洋上風力発電が4億2,400万キロワットと、日本の総発電能力2億キロワットを大きく上回る。
(図表1)平地面積当たりの再生可能エネルギー発電量(単位:万kWh/km²)
2018年時点 IEA統計
出所:資源エネルギー庁資料
陸上風力発電と比較した洋上風力発電のメリットとしては、第1に風力発電は、もともと1基当たりの出力が1万キロワットと大きいものの、太陽光発電と異なり、風切り音等の騒音が大きく、住宅に隣接した場所には設置できない。その点、海上に設置すれば、騒音、景観破壊の問題を解決できる。第2に陸上風力発電と比較して、洋上風力発電は、年間を通して風が安定して吹き、風速も速くなることから、発電量が増加する。風力発電にとっては、一時的に強い風が吹くことよりも、年間を通して、安定した風が吹くことが重要である。第3に陸上風力発電と比較して、大きな風車を設置できることから、風車の直径が200メートルを超え、1基の出力も1万2,000キロワットという大型の風力発電機の建設が可能となる。第4に洋上風力発電は、炭素繊維を用いた風車、軸受け、変速機、発電機等の2万点に達する部品の集積であり、海上建設、メンテンナンスを含めると、100万人を超える雇用を生み出す。部品産業、建設作業の巨大なサプライ・チェーンの構築を必要とし、洋上風力発電建設のためのSEP船という数百億円の専用船をつくる必要があり、エネルギー企業だけではなく、機械産業、建設業、運輸業を含めて、日本に洋上風力発電のための一大産業が生まれる。つまり、洋上風力発電は、脱炭素と日本のエネルギー自給率の向上、経済成長の同時達成をもたらす。日本は、2030年度に温室効果ガス46%削減の目標を掲げ、2030年度の電源構成における再生可能エネルギーの割合を36%~38%に引き上げる意欲的な目標を設定している。再生可能エネルギー促進の中心として、洋上風力発電の普及を目指している。日本のみならず、世界においても、洋上風力発電は、大きな電力を得られる再生可能エネルギーとして、大きな注目を集めており、欧州諸国、中国等が競うように洋上風力発電の建設を行っている(図表2)。
(図表2)国別洋上風力発電容量(単位:万kW)
2021年5,717万kW
出所:世界風力発電協会統計
広大な排他的経済水域を誇る日本にとって、洋上風力発電は大きな期待をもたれているものの、課題がないわけではない。日本の場合には、第1に遠浅の海が少なく、水深が海岸線からすぐに深くなってしまう。いち早く洋上風力発電が普及した英国、デンマーク等の北海は、海岸線から遠く離れても水深30メートル程度しかない。一般的に、水深が50メートル以内であれば、海底に直接基礎を打ち込む着床式洋上風力発電であり、欧州諸国の洋上風力発電の主流となっている。それに対して、水深50メートルを超えると、風力発電機を海底に固定せず、海に浮かべて、海底と鎖でつなぐ浮体式洋上風力発電の建設が必要となる。浮体式の場合には、①円筒の構造物を海に浮かべるスパー型、②重い構造物の半分を海に潜らせるセミサブ型、③海底との鎖を強く引っ張るTLP型、の3つの方式があり、それぞれの実用化に取り組んでいる。第2に日本は、欧州諸国と異なり、台風の来襲、地震による津波の発生があり、自然災害への安全性の向上が求められる。欧州諸国の場合には、台風の来襲への対策を講じる必要がなく、その分だけ建設コストが安価となる。
2023年6月30日に日本政府は、国内最大規模の発電容量180万キロワット、総額1兆円に達する第2回目の大型入札を締め切り、JERA、東京ガス、三井物産、伊藤忠商事等の20社が応札を行っている。米国のバイデン政権も2050年に1億1,000万キロワットの浮体式洋上風力発電の建設を目指している。アジアにおける浮体式洋上風力発電の発電容量は、2040年に3,000万キロワットを超える。2021年12月に実施された、第1回目の秋田県、千葉県の洋上風力発電の公募入札について、三菱商事グループがすべてを落札して大きな話題となった。三菱商事グループは、1キロワット時当たり11円~16円の破格の安値を提示し、風力発電も発電コスト引き下げへの熾烈な競争の時代に入っている。欧州諸国における洋上風力発電の発電コストは1キロワット時当たり10円以下となっており、洋上風力発電は、石炭火力発電と比較して十分なコスト競争力をもつ脱炭素電源となっている。2023年年末にも発表される第2回の公募については、①発電開始時期の早さを重視し、②同一企業が落札できる発電規模に100万キロワットの上限を設定し、一つの企業グループに集中しないようにして、日本全体の洋上風力発電関連企業の育成を目指し、③売電価格が一定以下の場合には一律の評価とし、長崎県、新潟県、秋田県の4海域において行うこととされている。風力発電は、技術革新、機器の大型化、量産効果により、着実に発電コストが低下している。風況の良い場所においては、大量の発電を行うことが可能であり、2022年末時点において、世界全体で陸上風力発電8億4,190万キロワット、洋上風力発電6,430万キロワット、合計9億620万キロワットに達する風力発電設備が稼働し、世界全体において年間11億トンを超える炭酸ガス排出削減効果をもたらしている。
世界全体と見ると、大規模風力発電所(ウィンド・ファーム)は、100万キロワットを超えるものが次々と誕生している。風力発電は、ライフ・サイクルで見た炭酸ガス排出量が少なく、独立した分散型電源として、離島、過疎地の電源としても利用が可能であり、太陽光発電と異なり夜間にも発電できる。国土面積が広い中国、米国等においては、陸上と洋上の風力発電の普及が進み(図表3)、今後は、日本のみならず、電力需要の伸びが著しい台湾をはじめとしたアジア、アフリカ等における風力発電の普及が見込まれている。
(図表3)国別陸上・洋上風力発電容量(単位:百万kW)
2021年総発電容量 824.9百万kW
出所:世界風力発電協会統計
日本は、2040年には7,000万キロワット近い風力発電の導入が見込まれ、そのうち半分は洋上風力発電が予測されている。日本は、グリーン成長戦略を掲げ、2030年までに1,000万キロワット、2040年までに浮体式を含めて3,000万キロワット~4,500万キロワットの洋上風力発電を整備する目標を掲げている。上述のように、日本の場合には遠浅の海域が少なく、今後は着床式から、浮体式洋上風力発電の技術開発が期待され、2018年12月には、洋上風力促進法(再エネ海域利用法)が成立し、最長30年間、海域を利用できる規制緩和が行われ、洋上風力発電建設用のSEP船の建造も行われている。三菱商事、戸田建設、ENEOS、関西電力、大阪ガス等が、洋上風力発電事業者となっている。2023年10月には、北海道、秋田県、愛知県の4地区が浮体式洋上風力発電の候補となっている。日本における2030年までの経済波及効果は、15兆円、9万人の雇用創出が見込まれている。2022年5月には、大阪ガスと、三井物産、Northland Power International Holdings B.V.、ユナイテッド計画の4社がコンソーシアムを組成し、洋上風力発電を主とした再生可能エネルギー分野における産学連携に関し、秋田県立大学と覚書を、秋田大学と協定書をそれぞれ締結、秋田県における洋上風力発電産業の発展と人材育成の活性化の実現に向け具体的な取り組みを進めている。台湾も2030年までに1,000万キロワットの洋上風力発電を計画し、三井物産は台湾の洋上風力発電プロジェクトに参画している。世界の洋上風力発電は、2020年の3,529万キロワットから、2030年には2億3,400万キロワット(市場規模937億ドル)、2040年には5億6,200万キロワット、2050年には14億キロワットに達することが見込まれる。EU(欧州連合)は2050年の洋上風力発電を3億キロワット、陸上風力発電を7億キロワットとする意欲的な目標を表明している。世界的に陸上風力発電・洋上風力発電の拡大が見込まれ、2030年には21億1,000万キロワットと、世界の発電能力の2割を占め、2050年には60億キロワットと、世界の風力発電市場は、200万人を超える雇用を創出すると予測されている。
風力発電は、太陽光発電と異なり、風車、軸受け、変速機、発電機をはじめとした2万点の部品から構成されるモノづくりの集積であり、風車に用いる炭素繊維をはじめとして、日本企業が素材・部品の強みを持っている。しかし、世界最大の風力発電国は、米国を抜いて中国となり、中国は国内メーカーの育成に力を入れている。中国企業、インド企業の台頭、先行するヴェスタス、シーメンス・ガメサをはじめとした欧米企業の洋上風力発電事業の強化により、風力発電における発電効率向上、価格競争が熾烈となっている。日本は、時間がかかる環境アセスメントの規制、立地の制約、海上の送電系統の整備、漁業権等の制約があるものの、インフラストラクチャー成長戦略の主役として、毎年100万キロワットの洋上風力発電の新設、年間1兆円を超える日本の洋上風力発電市場の成長への期待がかけられている。今後10年間に、世界全体で3億8,000万キロワットの洋上風力発電の新設が見込まれ、その半分は、電力需要の伸びが著しいアジア大洋州地域となると予測されている。洋上風力発電、特に浮体式洋上風力発電は、台風の来襲と地震に耐えられる実用化はこれからであり、日本が世界に先駆けることにより、洋上風力発電機の生産、建設・メンテナンス等の事業の集積とノウハウの蓄積を行って、脱炭素の実現と、台湾、フィリピン、ベトナム等のアジア諸国への新たな輸出産業を生み出す可能性を秘めている。
カーボンニュートラルに関する