2025.1.10
加速する気候変動に対して、世界が協力して温室効果ガスを実質ゼロにしようという「カーボンニュートラル」がパリ協定で合意し、日本を含め多くの国がそれを目指しています。この目標を達成するためには2030年までの対策が非常に重要だと言われています。対策は急務ですが、容易ではないこの目標に対して、国や企業はどのようにそのマイルストーンを定めているのでしょうか。本コラムでは、カーボンニュートラル実現に向けた方向性や、企業や主要国の取り組みなどについてご紹介します。
目次
(1)カーボンニュートラルの定義
カーボン(炭素)ニュートラル(中立)は二酸化炭素(CO₂)をはじめとする温室効果ガスの排出を減らしつつ、森林などによる吸収量を増やすことによって、温室効果ガスの排出量が全体として実質ゼロになることを意味しています。
日本が目指すカーボンニュートラルは、CO₂だけに限らず、メタン、N₂O(一酸化二窒素)、フロンガスを含む温室効果ガスを対象にしています。
出典:環境省「脱炭素ポータル」
(2)カーボンニュートラルの広がりと緊急度
気候変動が深刻化していく中、パリ協定で産業革命前と比べて地球の気温上昇を1.5℃未満に抑えることが目標とされ、これを達成するために、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」が掲げられました。
このコミットメントに従い、各国が「2050年カーボンニュートラル」を表明したことで、世界的に重視されるようになりました。日本は、2020年10月に菅義偉首相(当時)が「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と所信表明しました。
COP25終了時点(2019年12月)では、カーボンニュートラルを表明している国はGDPベースで3割に満たない水準でしたが、2024年4月には、146ヶ国(G20の全ての国)が期限付きのカーボンニュートラル目標を掲げており、GDPベースで約9割に達しています。
2050年にカーボンニュートラルを実現するためには2030年までの迅速な対応が左右すると言われています。これは科学的な緊急性だけでなく、2030年までに技術革新を加速させることで、技術的基盤を構築でき、早期に普及するほどコストが下がるからです。
IPCC第6次報告書では、CO₂の累積排出量と気温上昇量の変化が、ほぼ比例関係にあると報告されています。このままCO₂の排出を続けると、大雨・洪水・異常高温などさまざまな自然災害が頻発し、自然や野生生物、人に対して広範囲におよぶ悪影響と、それに関連した経済的な損失・損害を引き起こすことが予想されています。
しかし、すでに2024年は地球の平均気温が1.5℃を超えるところまで上昇したという報告があるように(コペルニクス気候変動サービス)、「地球沸騰化」と呼ばれる現象が進行しており、対策の加速化が求められています。
出典:IPCC第6次報告書
排出されたCO₂の50%以上が100年後も大気中に残り、20〜40%が1,000年以上残ると推定されています。これも今対策を急がなければいけない理由です。
(参照)
IPCC第5次報告書
(1)世界全体でのコミットメント(約束事項)
主要各国のNDC目標・カーボンニュートラル目標(2024年10月現在)
出典:エネルギー白書2023
温室効果ガスの削減目標は、2020年以降、5年ごとに提出することが義務付けられており、各国の温室効果ガス削減目標を合算しても気温上昇を1.5℃に抑えるには程遠い現状のため、2025年2月までにさらに野心的な目標を再提出することが求められています。
英国はこれに先駆けて2035年のNDCを81%削減(1990年比)することを2024年のCOP29において表明しました。
米国は、2025年1月よりトランプ大統領率いる共和党に政権が移行することから、パリ協定からの離脱など大きな政策の変更が行われる可能性が危惧されています。
(2)日本のカーボンニュートラルへのコミットメント
日本の温室効果ガス排出・吸収量の推移
出典:環境省
赤の点線が削減目標を表しています。
2022年度の排出量減少は、主に産業、業務、家庭部門における節電や省エネ努力などによると環境省は分析しています。
日本の温室効果ガス排出量のうち、エネルギーによるCO₂が占める割合は84%(2021年度)と大半を占めています。これを削減していくためには、徹底した省エネの取組とともに、エネルギー供給を、再生可能エネルギーなどの非化石エネルギー中心の構造へと転換していくことが重要です。
日本の一次エネルギー自給率は約13%(資源エネルギー庁2021年度)でエネルギー安全保障的にも脆弱なことが指摘されています。
日本の温室効果ガス排出量の推移
出典:資源エネルギー庁
(1)日本の方針
GX推進戦略:政府が策定した2050年のカーボンニュートラル実現に向けた包括的な計画。GXは「Green Transformation」の略で、経済成長と温室効果ガス排出削減を両立することを目指しており、2023年7月に閣議決定されました。
主な内容(2024年11月現在)
1)エネルギー政策の強化
2030年度の再エネ比率36~38%に向け、太陽光や風力といった再エネ利用比率を高め、系統整備を加速する、水素・アンモニアをエネルギー資源として活用する、省エネ技術の普及や蓄電池技術の開発、次世代型原子炉の開発、徹底した省エネの推進などが盛り込まれています。
2)カーボンプライシング
2026年度から炭素排出に価格を付ける「排出量取引制度」の本格運用を開始予定。排出量が年10万トン以上の企業に参加が義務付けられました。
3)GX経済移行債の発行
今後10年間で20兆円規模の先行投資を行い、脱炭素社会への移行を促進します。資金は
・再生可能エネルギーの導入・拡大
・水素、アンモニアなどの次世代エネルギー技術の開発
・CO₂回収・貯留技術(CCUS)の促進
・グリーンインフラ整備やエネルギー効率化プロジェクト
などのGX関連プロジェクトに充てられます。
再エネ導入推移と導入目標
出典:資源エネルギー庁
注:第7次エネルギー基本計画(2024年度中に発表予定)により変更がある可能性があります。
2040年度目標は第7次エネルギー基本計画原案による。
(2)国内企業のカーボンニュートラルへの取り組み
日本経済新聞によると、2022年11月17日時点で「カーボンニュートラル宣言」をしている企業は472社と広がりを見せています。取り組み手法はそれぞれの企業によりますが、省エネを進めると共に、事業活動の一部またはすべての消費エネルギーを再エネに転換する企業が増えています。
事業活動に必要な電力を2050年までに100%再生可能エネルギーで賄うことを目標とする国際的なイニシアティブRE100(Renewable Energy 100%)に加盟する日本企業はアメリカに次いで2番目(88社)と増えています。国内では不動産企業1社が自社で保有する再エネ発電所などによりRE100を認定されています。
代表的なものとして、以下のような取り組みが挙げられます。
下記サイトにて、低炭素化やカーボンニュートラル実現に向けて取り組まれている企業さまの事例をご紹介していますので、ぜひご覧ください。
(3)グローバル企業のカーボンニュートラル施策例
・Apple(アップル)
世界43カ国に展開するオフィス、店舗、データセンターの電力使用量と同じ規模の自然エネルギー(約18 億 kWh)を調達し、2018年には自社の運営でのカーボンニュートラルを実現しました。これは、太陽光、風力、バイオマスによる発電設備を自社で開発・導入するほか、自然エネルギーの電力購入契約(PPA)を増やすなどして実現しています。さらに、世界のサプライヤーにも再エネの使用を推奨し、支援を行っています。製品レベルでのカーボンニュートラル化も進め、CO₂を吸収する植林や自然環境の保護などのプロジェクトも強化しています。
・Microsoft(マイクロソフト)
2030年までにカーボンネガティブ(※)を達成し、創業の1975年から排出してきたCO₂量についても2050年までに完全に相殺することを目標としています。そのために、スコープ1、2のCO₂排出量を減らし、2025年までに100%再エネで賄うことを中期目標としています。スコープ3でも、CO₂量を2030年に2020年規模の半分とする目標を掲げています。同時にCO₂削減・除去テクノロジーに投資したり、同社の顧客やサプライヤーにデータ分析AIなどを提供してCO₂排出量削減を助けたりすることで、政府の政策にも影響を与えていくとしています。
※カーボンネガティブ:排出する CO₂ より多くの CO₂ を除去すること
国 | 策定時期 | 政策名 | 再エネ関連 | 水素関連 | その他 |
---|---|---|---|---|---|
米国 | 2022年8月 *政権交代により変更の可能性あり |
インフレ抑制法 歳出のうち気候・エネルギー関連に3,690億米国ドルを割り当て |
再エネ関連の設備投資に対する投資税額控除や、生産税額控除等 | 水素やバイオ燃料等のクリーン燃料に対する税額控除 | 産業部門の脱炭素化 ①エネルギー効率の向上 ②産業の電化 ③低炭素燃料・原料・エネルギー源への移行 ④CO₂の回収利用・貯留(CCUS) |
ドイツ | 2022年4月 | イースターパッケージ | 2030年までに電力消費量の80%を再エネ由来の電力とし、2035年には国内の電力供給をほぼ再エネで賄う | 2030年までに5GW、2040年までに10GWの水素製造能力を国内で保持 | ・送電インフラを拡大 ・再エネプロジェクトの承認手続きを簡略化し、開発速度を向上 |
イギリス | 2022年4月 | エネルギー安全保障戦略 | 2035年までに太陽光を最大70GW(現状約14GW)、2030年までに洋上風力を最大50GW(現状約13GW)まで増加する | 2030年までに低炭素水素の生産能力を10GWまで増加 | |
中国 | 2021年10月 | カーボンピークアウトに向けた行動方案及び14次五カ年計画(2021-2025年) | 太陽光、風力、水力発電の開発を加速 | ・2025年までに水素供給能力を100~200万トンに ・グリーン水素の拡大 |
・EVの普及促進と充電インフラ整備を推進 ・鉄鋼、セメント、化学工業などの高排出産業でエネルギー効率を向上 |
世界を見渡すと、経済成長とCO₂削減の両方を同時に実現している国や企業が数多くあります。今や、カーボンニュートラルに向かうための脱炭素は、大きなビジネスチャンス、急成長するマーケットとも言えます。加速化する気候変動を抑制するためにも企業の取り組みは非常に重要です。容易ではない目標ですが、あらゆる視点と可能性のもと、カーボンニュートラルへの道筋を描いていきましょう。
環境教育から企業の脱炭素、循環型ライフスタイルまで幅広いテーマで環境分野の記事や書籍の執筆・編集を行う。NPO法人「そらべあ基金」では子供たちへの環境教育や自然エネルギーの普及啓発活動に関わる。個人的にも太陽熱や雨水を使ったエコハウスに住む。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」文化出版局、「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」・「環境生活のススメ」飛鳥新社 他。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)会員。また、2015年~2018年「マイ大阪ガス」で「世界の省エネ」コラムも連載。
カーボンニュートラルに関する