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脱炭素社会へ世界が動き出した

2050年のカーボンニュートラル(炭酸ガス排出実質ゼロ)実現へと日本をはじめ世界が動き出すなか、カーボンニュートラルなLNG(略してCNL)が注目されている。LNG(液化天然ガス)の生産・液化・輸送・再気化・燃焼のすべてのプロセスで排出される炭酸ガス分を、植林、森林保全、土壌保全、CCS(炭酸ガス回収・地下貯留)技術などによる炭酸ガス吸収によってオフセット(相殺)して、炭酸ガスの排出を実質ゼロとしたLNGのことである。すでに国際貿易において取引が始まっており、LNG生産の最大手であるロイヤル・ダッチ・シェルは、2019年から日本へのCNL輸出を開始している。

CNLへの注目

究極のクリーン・エネルギーといわれる水素は、現時点においては取り扱い技術が難しく輸送コストが割高になる。太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーでは、世界の電力需要に対応できない。LNGは石炭と比較して炭酸ガスの排出量が半分程度と地球環境に優しいエネルギーであるが、欧州では石炭と同じ化石燃料として炭酸ガスを排出するという批判が強まっている。脱炭素社会のエネルギーを巡る情勢は厳しい。
LNGの脱炭素化は欧州諸国の批判を払拭するとともに、巨額の新規投資をすることなく、既存の天然ガス液化施設、LNG輸送船、LNG再気化基地、都市ガスパイプラインというインフラストラクチャーを利用しながら実現できる。炭酸ガス排出削減を行いながら従来の事業活動を続けるためには、CNLの普及が必要不可欠といえそうだ。
自動車業界では現在、電気自動車が環境対応車の先陣を切っているが、課題が山積している。蓄電池の技術、リチウム、コバルトなどレア・メタルの資源枯渇と価格高騰・中国への依存、急速充電器のインフラストラクチャーの整備などである。そのため、通常のガソリン・エンジン、ディーゼル・エンジンの簡単な改良により生産できるLNG、CNL車へ関心が強まっている。
米国ではすでに長距離、大容量の輸送を求められるトラック、バスでLNG車、CNG(圧縮天然ガス)車が実用化されている。日本でもいすゞ自動車がCNGを燃料としたゴミ集配車、商用トラックを販売し、CNLを原料とした天然ガス充填ステーションを開設。ホンダ自動車も米国でCNG車の販売を開始している。CNLの登場により電気自動車開発一点張りだった自動車業界の未来が、大きく変貌する可能性がでてきた。

エネルギー界の革命児

とはいえ、課題はある。第1に植林を組み合わせた炭酸ガス排出ゼロの仕組みだけでは、年間3億5,000万トンを超える国際LNG貿易のすべてをCNLとするのは難しいこと。
第2にCCSあるいは、DACCS(炭酸ガスを大気中から直接回収して、地下貯留する技術)を活用して、CNLを生産することが研究されているものの、炭酸ガス回収コストが高いこと。環境保護団体から森林吸収に限定すべきである、という反対論があることなどである。世界最大のLNG輸出国であるカタールも、CCSによるLNGの脱炭素を構想しているが、環境NPOなどは難色を示している。
第3にCNLを認証する制度と認証機関が十分に整備されておらず、森林吸収の評価基準がきちんと定まっていないなど、CNL生産コストの算定が明確とはいえないこと。通常のLNGより百万Btu(ブリティッシュ熱量単位)当り0.6ドル程度割高であるとされているものの、算定基準が明確化されているとはいえない。今後は企業、消費者もCNL生産プロセスに参加して、コストを透明化していくことが求められる。
第4に多くの企業、消費者は脱炭素の動きを支持しているものの、すべての企業、消費者が、地球温暖化対策のために自分から割高なCNLを積極的に購入するとは限らないこと。現時点での消費者調査などによると、炭酸ガス排出削減のために割高なCNLを購入してもよいと考える企業、消費者は全体の3割程度と考えられる。
カーボンニュートラルなLNGは、ライフ・サイクルにおいて、炭酸ガス排出ゼロという脱炭素の切り札的な存在であるものの、欧州諸国の環境保護団体をはじめとして、天然ガスという化石燃料を利用し続けることへの感情的な反対論が存在する。しかし、石炭、重油から段階的なLNGへの燃料の切り替え、LNGのカーボンニュートラル化は、今ある技術を用いて最小の社会的費用で炭酸ガスの排出削減を、2030年、2050年に実現できる「現実的な解決策」であることは間違いない。
2021年に入って本格的な利用が始まったCNLは、都市ガス事業、発電事業のみならず、自動車業界、海運業界などを含めて、経済社会全体の脱炭素への動きにエネルギー革命を起こす可能性を秘めている。

エネルギー
よもやま話

日本が資源エネルギー大国になる日

20年以上前から注目されてきたメタンハイドレートの開発が、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて脚光を浴びるようになってきた。火をつけると燃えることから、「燃える氷」とも呼ばれている。歴史は意外に長く1940年代に、西シベリア、アラスカなどのツンドラ地帯、世界各地の大陸棚深海部などでメタンハイドレートが含まれた地層が発見されている。
日本はユーラシア・プレートと太平洋プレートが潜り込むトラフに位置し、周辺の海域には世界有数の埋蔵量があると推定されている。米国地質調査所の推計によれば、年間天然ガス消費量の100年分以上に達する12兆立方メートルのメタンハイドレート資源が存在するとされ、静岡県沖から和歌山県沖の東部南海トラフ海域に日本の天然ガス消費量の10年分以上にあたる埋蔵量があると発表している。エネルギー自給率が際だって低いわが国にとって、貴重な国産エネルギーとして大きな期待を集めている。
これまでの海底調査によって、東部南海トラフ海域の水深1,000メートル以上の海底下数百メートルの砂質層と、上越沖、能登半島西方沖などの水深500メートル以上の海底面に、表層型メタンハイドレートが埋蔵していることが確認されている。
しかし、開発についてはいくつかの課題が挙げられる。水深1,000メートル以上という深海に存在し、低温・高圧の条件のもと、水分子とメタン分子がつながった固体として安定状態にあるために、通常の油田・天然ガス田と異なり井戸を掘削しパイプを入れても自噴しない。そのため、温水循環法や減圧法などによって、メタンを水分子から切り離すことが必要となる。温水循環法は熱水などの大量のエネルギー投入が必要で、生産コスト、エネルギー採取効率の点で問題がある。そこで、ポンプによって水を汲み上げ圧力を低下させる減圧法によって、メタンの連続生産試験を行っている。ただ、海底地滑りなどの環境破壊、砂による井戸の目詰まりが発生するために、連続生産が難しいという問題を抱えている。メタンハイドレートの分布状況の、詳細な解析も課題となっている。
商業化については現時点において数々の課題があることは間違いないものの、日本はメタンハイドレートの物質特性、生産挙動に関する世界最先端の技術とノウハウを持っている。今後の技術開発によって生産の持続性、コスト低減に注力し、生産コストを百万Btu当り10〜20ドル程度に引き下げれば、2030年には商業生産が可能となると考えられている。
これまでは、メタンハイドレートの開発は国産天然ガス生産を主たる目的に、都市ガス用の原料、発電用の燃料として構想されていたがカーボンニュートラル化の推進とともに、ブルー水素、ブルー・アンモニアの原料として、大きな注目を集めるようになってきている。特にメタンハイドレートは、通常の天然ガスのようにエタンをほとんど含んでおらず、水素生産に適したメタンだけを多く含んでいて、不要なエタンの分離、除去プロセスを最小化できるというメリットがある。国土面積が小さいものの、日本の排他的経済水域の面積は世界第6位、排他的経済水域の体積は世界第4位と、広大なメタンハイドレート採取の可能性を秘めたフィールドを持っている。貴重な国産資源といえるメタンハイドレートの経済的な生産の実用化は、資源エネルギー小国日本のエネルギー自給率向上、エネルギー安全保障に貢献するとともに、脱炭素時代の有力な水素供給源、アンモニア供給源として、大きな期待が寄せられている。

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ENERGY BUSINESS PRESS vol36(PDF)