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パリ協定の発効とアメリカの離脱

2019年を振り返ると、エネルギー専門家の予想を超えるスピードで脱化石燃料への動きが拡大している。2016年11月に発効したパリ協定の気候変動対策を重視するESG(環境・社会・企業統治)投資で、石炭生産・石炭火力発電へのダイベストメント(投資撤退、株式売却)が強化されたからである。
世界各国のメガ・バンクは、2019年以降、新規の石炭火力発電への融資を原則取りやめることとした。ESG投資に賛同する機関投資家も1,000社を超えている。
その一方で、地球温暖化対策の推進に後ろ向きの動きもでてきている。世界第2位の炭酸ガス排出国である米国・トランプ大統領のパリ協定離脱である。スウェーデンの環境活動家グレタさん(16歳)は、意欲的な温暖化ガス排出削減を打ち出せない大人たちに、地球温暖化対策を強化することを求める怒りの声を上げ、国連、COP25の国際舞台でスピーチを行い、若年層の共感を集めている。

強まる炭酸ガス規制

EU諸国は2050年に、温暖化ガスの排出量をネット・ゼロ(人類の経済活動による炭酸ガス排出量と森林による炭酸ガス吸収量を均衡させる)にすることを目標にしている。排出する炭酸ガスに価格をつけるカーボン・プライシング制度を強化し、炭酸ガスを大量に排出する鉄鋼、セメント企業等の排出量を削減しようというのだ。その動きは石油を燃料とする航空機業界にも及び、航空機を利用することが飛び恥(Flight Shame)と呼ばれるまでに至っている。
自動車についても、炭酸ガスを排出するガソリン車、ディーゼル車について、英国とフランスは2040年までに販売を禁止する方針を打ち出し、炭酸ガスを排出しない電動車の普及を掲げている。すべてのエネルギーを再生可能エネルギーとするという考え方から、RE100(事業運営に必要なエネルギーを100%再生可能エネルギーにより調達する)企業も2020年1月時点において、世界で200社を超えた。
しかし、化石燃料の消費を大幅に制限することは現実的な対策とはいえない。現時点において世界の1次エネルギーの8割以上は、石油、天然ガスをはじめとした化石燃料が占めており、再生可能エネルギーの比率はわずか4.0%に過ぎない。発展途上国においても持続的な経済発展のためには、安価で大量の電力を供給できる石炭火力発電が必要とされている。自動車、航空機等の燃料としても、石油が一等優れたエネルギーであることは変わらない。では、「地球環境保護と持続的な経済成長の両立を図る」ためにはどうすればよいのか。答えはLNG(液化天然ガス)である。

21世紀のエネルギー

石炭と比較すると、炭酸ガスの排出量は半分、窒素酸化物の排出量は3割、硫黄酸化物の排出量ゼロのLNGは、化石燃料のなかで地球温暖化対策・大気汚染防止策の最高の切り札といえる。
再生可能エネルギー、水素エネルギーが100%普及するまで、天然ガスは太陽光や風力、地熱といった再生可能エネルギーとともに、21世紀の100年間の人類の発展を支えるエネルギーという考え方が強くなっている。
日本はLNGの製造・輸送・貯蔵・都市ガス・発電の、最先端の技術を持っている。アジア諸国は今、経済発展とともに、都市部の交通渋滞、大気汚染に直面し、経済成長と地球環境保護の両立に頭を悩ませている。こうした人類的な課題の解決に、日本企業のLNGというクリーンなエネルギーのノウハウが活かせる。
インドネシア、ベトナム、フィリピン、バングラデシュ等のLNG受入基地建設、天然ガス火力発電所新設等に、日本の都市ガス企業、電力企業などが参画している。米国のシェール・ガスを原料としたLNGをはじめとして、豪州、カタール等でLNG輸出能力増強計画が相次いでいて、供給面における懸念もない。 20世紀は石油の世紀と呼ばれ、石油を用いた自動車をはじめとして、未曾有の繁栄をとげた。21世紀は環境の世紀、天然ガスの世紀として、脱化石燃料の動きのなか、炭酸ガス排出削減に寄与する天然ガスが、これからも地球環境保護に貢献するとともに、先進国、途上国ともに持続的な成長を実現するうえで、大きな役割を果たすこととなりそうである。

エネルギー
よもやま話

LNG先物上場への期待

2019年10月、待ちに待った日がやってきた。米国商品先物取引所大手のCMEが、米国産LNG先物の上場を開始。世界初の現物の受け渡しが可能な、LNG先物の上場が実現したのである。
これにより、LNGの供給者は余剰な現物LNGを、LNGの買い手は不足分の現物LNGをもとに、先物市場とスポット市場の価格を見ながら、より利益を挙げられる市場において機動的にLNG現物を取引することが可能となる。より透明性がある、LNG価格の形成につながることが期待できる。
世界最大のLNG輸入国である日本の都市ガス企業、電力企業と消費者にとってこの意味は大きい。それまで日本のLNG輸入の8割を占める長期契約は、原油価格連動の価格フォーミュラを採用しており、原油価格が上昇すると、割高なLNG購入を余儀なくされるという不合理があった。
しかし、LNG先物市場が拡大し、先物価格がLNG輸入価格の指標となるならば、LNGそのものの需給関係が価格にダイレクトに反映する。さらに、将来のLNG価格変動のリスクをヘッジすることができる。2020年に中国によるLNG爆食による価格上昇が予想されるならば、日本の都市ガス企業、電力企業は、先物市場を用いて調達することで価格上昇リスクを小さくできるのである。
米国産LNG価格は、ルイジアナ州ヘンリー・ハブ渡しの先物価格を指標としていて、割高な原油価格とつながっていない。豊富なシェール・ガスの生産量増加にともなう、米国の天然ガスの需給を反映している。2020年の見通しによると、2050年に向けて米国の天然ガスの生産量は増加を続けるという。
プロパンをはじめとしたLPガス価格も、以前はサウジアラビアの国営石油企業サウジアラムコが一方的に通告するサウジアラムコCP(コントラクト・プライス)によって決まっていたが、米国産のシェール・ガスに随伴するLPガスの輸出が増加すると、米国メキシコ湾モントベルビュー渡しの価格が指標となり、サウジアラムコCP価格も引っ張られる形で下落している。日本は割高な原油価格に影響されないLNGを購入することができ、都市ガス料金、電気料金が下がる可能性も出てきている。
さらに、米国産LNGは仕向け地条項、転売禁止がないため、原子力発電所の再稼働や夏場の不需要期等によってLNGが余剰となれば、より割高に購入してくれるアジアの買い手に転売し、LNGディーリングにより利益を挙げることもできるようになる。都市ガス企業、電力企業が、ディーリング益を得ることができれば消費者への還元も手厚くなるだろう。
国際LNG貿易は急成長している。2018年には年間3億トンを超え、2040年には同8億トンを上回るという見通しもある。LNG輸入国も42ヵ国となり、中国の輸入量は増加し日本を抜く勢いにある。LNG輸出国・輸入国の急激な増加により、LNGは原油、穀物、金のようにコモディティー(市況商品)化しつつある。
コモディティー化すれば、透明性のあるLNG市場価格の形成がますます重要となってくるだろう。日本の都市ガス企業、電力企業は、どのようにしてLNG先物市場の発展、合理性のあるLNG市場価格形成に貢献するのか。得た利益を消費者と共有し、エネルギーの安定供給、安全保障につなげていくのか――。知恵が問われている2020年なのである。