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3つの課題

世界が脱炭酸ガスに動きだすなか、化石燃料のなかでもっとも環境負荷が小さい天然ガスは日本のみならず人類にとっても、地球環境保護と両立した持続的な成長になくてはならないエネルギーである。その天然ガスを安定供給、価格の安定という観点から考えると、大きく3つの課題が浮かび上がってくる。

新たなリスクの出現

第1に求められるのは供給源の多角化である。米国のシェール・ガスを原料としたLNGの輸出増加により、供給源が中東に集中する石油が抱える地政学リスクが低減。ヘンリー・ハブ価格を指標としたLNG価格の多様化が促されたものの、新たなリスクが顕在化してきた。米国メキシコ湾のハリケーン来襲リスクと、パナマ運河の通航リスクである。
米国産のLNGは、米国メキシコ湾からパナマ運河を通過して太平洋を航行し、アジア地域に輸出される。米国メキシコ湾に大型ハリケーンが来襲すると、LNG価格、プロパン価格が上昇する傾向がある。
2021年1月にはLNG輸送船のフレート(船賃)が、通常の百万Btu当り2ドルから6ドル超へと高騰した。そのため、米国以外に豪州、ロシア、カナダ等からLNGを調達する必要性が高まっている。

チョーク・ポイントでの対応

第2にLNG輸送のチョーク・ポイント(戦略的に重要な海上路)について、対応を考える必要がある。2021年3月にスエズ運河でコンテナ船が座礁し運河をふさいだことから、世界的な物流の混乱が発生した。世界のLNG輸送の8%はスエズ運河を通過している。スエズ運河以外にも上述のパナマ運河、中東のホルムズ海峡、東南アジアのマラッカ海峡は、LNG輸送にとって重要な海路である。こうした運河、海峡の通航に支障が生じた場合の対策も考えておく必要がある。カナダ、ロシアのLNGは、こうしたチョーク・ポイントを利用しないというメリットがある。

リーダーシップと安定供給のための戦略

第3に日本の役割である。コロナ禍からいち早く脱出した中国が、世界最大のLNG輸入国となることが確実視されている。そういった状況において、日本は国際LNG市場における主導権、安定供給を今後いかに確保していくかが課題となる。人口の減少、再生可能エネルギーの普及によって、日本自体のLNGの輸入量が大きく増加することは期待できない。そこで、日本が持つLNGの豊富な経験、技術を用いて、アジア諸国のLNG輸入、都市ガス、LNG火力発電所建設等を支援し、アジア諸国全体としてのLNG取引を日本がリーダーとして行い、日本を含めたアジア地域のLNGの安定供給、価格交渉力の向上を図る必要がある。
図らずも、2021年1、2月に北東アジア、北米を襲った記録的な寒波の来襲により、天然ガス、LNGの安定供給の重要性が再確認された。日本の場合には、都市ガス企業、電力企業の努力により、ブラック・アウト(大停電)という被害は免れたものの、マイナス20度にも達する大寒波に襲われた米国テキサス州は天然ガスの供給不足により大停電となり、人的被害、石油精製・石油化学プラントの損傷等の被害が発生した。プラント設備の凍結、停電により、エチレン、塩化ビニールをはじめとした化学製品の供給に支障がでており、完全復旧は2021年5月以降となった。
アジアにおける石油化学製品の価格も上昇している。天然ガスは、都市ガスの原料、電力の燃料のみならず、素材の原料としても重要であり、コロナ禍のマスク、フェイス・シールド等の化学製品も、天然ガスを原料とするものが多く、私たちの生命・健康を支えている。日本、世界が目指す2050年の低炭素社会実現に向けて、必要なエネルギーとなる天然ガスをいかに安定して調達するか、より安定した価格で購入するかという戦略を真剣に考える必要があるのである。

エネルギー
よもやま話

大阪・関西万博と低炭素社会への動き

2025年の国際博覧会(大阪・関西万博、以下大阪万博と略す)の開催まで4年を切った。大阪万博は新型コロナウイルス禍からの関西経済の復興・発展とともに、「未来社会の実験場」と位置づけられている。おりしも日本は菅政権のもと、欧州諸国と同じく、2050年にカーボン・ニュートラル(炭酸ガス排出実質ゼロ)実現へと舵を切った。大阪ガス、東京ガスをはじめとした都市ガス各社も、2050年に炭酸ガス排出実質ゼロ戦略を打ち出している。こういった脱炭酸ガスの流れのなか、大阪万博は低炭素社会構築への展示場となろうとしている。
関西の企業を中心とした、様々な炭酸ガス排出削減への試みが構想されている。大阪ガスは「メタネーション」を表明し、岩谷産業、関西電力等は会場となる人工島夢州(ゆめしま)と市内の観光地、関西空港の間を燃料電池船によって結ぶ観光客輸送等を計画している。
メタネーションとは再生可能エネルギーによる電気を用いて水を電気分解して水素をつくり、水素(H2)と炭酸ガス(CO2)を反応させてメタン(CH4)つくる技術である。万博会場からでる生ゴミをバイオガス化装置で炭酸ガスとバイオガスに分離し、水素を反応させてメタンを作り出してCNG(圧縮天然ガス)車の燃料として利用する夢の技術といえる。しかし、水素の輸送・貯蔵には割高なコストがかかり、新たなインフラストラクチャーを構築する必要があり、ハンドリングが難しい。
それに対して水素と炭酸ガスからメタンを合成するならば、既存のLNG輸送船、都市ガスの導管、貯蔵施設が利用できるため取り扱い、コストの低減が可能となる。その他にも水素を燃料とした燃料電池ドローンの利用、電気自動車の活用、海上における野菜栽培の農園建設等、地球環境と共存した計画が次々と打ち出されている。
大阪ガスはSOEC(固体酸化物を用いた電気分解素子)の技術開発に成功し、炭酸ガスと再生可能エネルギーから高効率でメタンを合成する研究開発を行っている。石炭、バイオマスから水素、電力、炭酸ガスを同時につくりだすプロセスの研究開発も行っている。また、カーボン・ニュートラル実現に向けた2030年度のマイルストーンとして、年間1000万トンのCO2を削減し、社会に貢献することを目指している。とはいえ、アンモニアをつくりだすハーバー・ボッシュ法、コークスと鉄鉱石を反応させる製鉄法等、我々が日常利用している技術の多くは100年以上変わっていない。それを新たな技術に変革するには、途方もない努力が必要となる。
そんななか、石油メジャー(国際石油資本)の一つであるBP(British Petroleum:英国石油)は自らを「Beyond Petroleum:石油を超える」と呼び、石油だけにとどまらない総合エネルギー企業を目指している。同じく石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルは、石油・天然ガスのみならず、洋上風力発電をはじめとした低炭素社会に適合した総合エネルギー企業に変貌しつつある。日本の都市ガス会社をはじめとしたエネルギー企業でも、カーボン・ニュートラルに向けた挑戦が始まっている。未知の技術の開発、大量生産技術の確立、コストの低減等の解決すべき課題が山積している。しかし、大阪万博という歴史的なイベントを契機として、低炭素社会への飛躍が大いに期待されるのである。

※現在のDaigasグループ及びお客さま先におけるCO2排出量(3300万トン/年)の3分の1に相当