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グローバル化がもたらした病

各国で都市封鎖、外出禁止等の非常事態宣言が行われるなど、中国の武漢を震源地とする新型コロナウイルスのパンデミックが世界を震撼させている。その背景には経済のグローバル化の進展がある。ビジネスマン、観光客などの世界的な往来によって、感染が地球規模で拡大したのである。
代謝機能のないウイルスは、外部から栄養をとってエネルギーを作り出す能力をもっていない。単独で生きていくことはできず、ヒトの細胞に寄生することによって増殖する。ヒトとヒトの接触を止めてしまえば、ウイルスの感染拡大は起こらない。しかし、それは毎日会社に行って仕事をすることも、観光に行くことも、外で食事をすることもできなくなることを意味する。

エネルギーと食糧の重要性

世界の石油消費量の6割は、輸送用が占めている。私たちが仕事をしたり、出張に行ったり、旅行に行く場合には、自動車、航空機、船舶等を利用する。それらが抑制されれば、経済活動が停滞し、ガソリン、軽油、ジェット燃料等の輸送用燃料の消費量が激減する。
世界大恐慌を起こしたリーマン・ショックは、金融仲介の機能不全であり、ヒトとモノの活動に打撃は与えなかった。経済の血液である金融機能を正常化すれば、ひとまず問題は解決する。
それに対して、新型コロナウイルスの感染拡大は、実体経済であるヒトとモノの活動を止め、個人の消費活動、企業の生産活動に打撃を与える。金融緩和政策を行っても、世界の経済活動は元に戻らない。その一方で、見えないウイルスとの戦いは、エネルギーと食糧の重要性を見直す貴重な機会を人々にもたらす。
人間の寿命が延びた最大の理由は、食糧が十分に供給され、栄養状態が改善し、エネルギーを用いた暖房により、人類が風邪をひきにくくなったからに他ならない。新型コロナウイルスの最大の予防法は、栄養を十分にとり、暖かい部屋で、免疫力を強化することが挙げられる。また不要不急の活動を抑制するとしても、国民生活の安全と健康を維持するためには、都市ガス、電気等のエネルギーの安定供給が重要なものとなる。

人間が主役の社会へ

日本は先進国の中でも安定したエネルギー供給のネットワーク、食糧供給のサプライ・チェーン、公衆衛生のインフラストラクチャーが整備されており、企業活動、国民生活の安心と安全を保護する仕組が構築されている。それに加えて今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、これまで根付かなかったインターネットを通じた在宅勤務やテレビ会議等が促進。人と人の濃厚接触機会が減るとともに、毎日満員の通勤電車に乗って会社に行くのが当たり前という固定観念が変わりつつある。
かねてから日本は、欧米諸国と比較して生産性が低いことが課題とされていた。しかし、新型コロナウイルスのパンデミック下での仕事のあり方の見直し、デジタル技術の活用等を通じて、ポスト・コロナ社会を生き抜く成長戦略が築かれつつある。
遠からず新型ウイルスに対するワクチン、治療薬は登場する。新型コロナウイルスの震源地である中国では2020年5月現在、大半の工場の操業が再開され、欧州・米国・日本の感染拡大もピークを越えつつある。
今回の感染拡大により、AI、インターネットがいかに進歩し、仕事やコミュニケーションに必要なツールになったかが人々に理解された。日頃の生活の改善、仕事の進め方が、これからの経済の発展にいかに重要であるかがわかった。
当面は日本と世界のエネルギー消費量は減少し、エネルギー企業は供給網の維持に全力を注ぐことが求められるだろう。しかし、ヒトとモノの活動が再開した夜明けには、世界のエネルギー政策のあり方は変わっていくだろう。これからは人間を主役としたより効率的で、地球環境に優しいエネルギー社会へ、国民の安全と安心を守る社会に向って。ポスト・コロナの世界を目指して、世界は早くも動き出している。

(注)本記事は2020年5月18日時点の内容です。

エネルギー
よもやま話

「競争」から「協調」へ

今年4月、米国、サウジアラビア、ロシアの3大産油国がかつてない増産競争に突入した。3月に開催された、「OPEC」と非OPEC加盟国による「OPECプラス」の会合で、サウジアラビアが主導した150万b/dの追加減産案をロシアが拒否し、3カ国が一転して増産へ向かったからである。しかし、その矢先、新型コロナウイルスのパンデミックが発生した。感染拡大による世界的な経済活動の停滞、移動の制限等で、石油需要が急減するとともに原油価格の大暴落が始まった。
原油価格の下落は、人々にガソリン価格の下落、原油価格に連動したLNG価格の低下を通じた都市ガス・電気料金の値下げという恩恵をもたらすものの、ひいては米国や日本の石油産業の経営危機、産油国のオイル・マネーの枯渇による世界経済の成長率低下、各国の株価下落にもつながる。
そのため、4月13日未明、サウジアラビアとロシアは世界生産の1割にあたる日量970万バレルの減産で合意し、米国もこれに同調した。国際原油市場の安定化のためには、3ケ国の協調減産が不可欠だからである。
しかし、筆者には気がかりなことがあった。サウジアラビアのムハンマド皇太子、ロシアのプーチン大統領、米国のトランプ大統領はいずれもプライドが高く、強気の政権運営で鳴らしている。サウジアラビアはロシアの原油販売先奪取を計画し、ロシアは米国のシェール・オイル生産企業の経営破綻を狙い、米国はロシアへの経済制裁強化をちらつかせていた。3者とも自分が勝利したという顔の立つ形で、減産交渉が難航するのではないかという懸念である。幸いそれは外れ、異例の協調減産で合意したのは幸いであった。
しかし、OPECプラスと米国等を含めた、合計日量1,500万バレルに達する協調減産も、2020年5月時点においては、力不足といえる。IEA(国際エネルギー機関)によれば、世界の石油消費量は、2020年春には、日量3,000万バレル減と、世界の石油需要の3割が瞬間的に蒸発している。OPECプラスとその他の主要産油国による協調減産実施が決定したにもかかわらず、4月20日にはWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)原油価格は、石油の在庫タンクが満杯に近づいたという技術的な要因も加わって、史上初めて1バレルマイナス37.63ドル(終値)という、売り手が、原油という商品とともに現金を買い手に渡すという異常な状況となっている。OPECプラス閣僚級会合は6月10日に開催される予定であり、大きな原油生産能力をもつサウジアラビア、米国等は、さらなる減産を求められるであろう。

(注)本記事は2020年5月18日時点の内容です。


参考
〇日経新聞
原油の「価格戦争」に幕
主要産油国が異例の協調減産
2020/4/13 11:34 (2020/4/14 2:29更新)
〇https://www.enecho.meti.go.jp/
新型コロナウイルスの影響はエネルギーにも?国際原油市場の安定化に向けた取り組み