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コロナ禍のエネルギー事情

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の勢いが止まらない。感染拡大防止策としてのロックダウン(都市封鎖)、ヒトとヒトとの接触回避は、世界的な経済活動の停滞を招きエネルギー需要の減少を招く。特に輸送用燃料が中心となっている石油は深刻である。需要の激減と供給過剰で、今年4月には原油先物価格が歴史上初めてマイナス価格を記録したが、5月以降はOPEC、OPECプラスが協調減産を実施し、世界各国が経済活動を再開し始めたことから、WTI原油価格は1バレル当り40ドル程度と低位安定している。
4月末に発表されたIEA(国際エネルギー機関)の見通しによれば、2020年の世界のエネルギー需要は前年比6%減と戦後最大の減少となり、ジェット燃料需要が大きな打撃を受けている石油は9%、石炭は発電用の需要減と地球温暖化対策から8%、天然ガスは発電需要、都市ガス需要の減少により5%減と見込まれている。

強気のLNG勢

LNG輸入価格の下落は都市ガス料金、電気料金の値下げを通じて、日本の企業、消費者に恩恵を与えるものの、LNGプロジェクトの経済性の低下をもたらす。建設費用の増加等も加わって新規LNGプロジェクトの先送り、撤退が一部において始まっている。
他方、積極的なLNG生産能力増強計画を維持している例も目立っている。世界最大のLNG生産国カタールは、生産能力を現在の年間7,700万トンから2027年に1億2,600万トンに増強する計画を変えていない。むしろ、世界一安価な生産コストの強みを生かし、LNG価格が低迷している状況において米国、豪州等に対して優位性を保ち、将来的にも世界最大のLNG輸出国としての位置を確かなものにしようとしている。生産コストの削減にも自信を見せ、世界最大級の天然ガス田、ノース・フィールド天然ガス田の開発を再開している。
6月には韓国の造船会社に、100隻超のLNG運搬船の建造を発注した。総額2兆円に達する、史上最大の造船プロジェクトである。さらに、エクソンモービルとの合弁により米国のゴールデン・パスLNGの生産能力を、年間1,560万トンから1,810万トンに拡張する申請も行っている。
日本も7月に三井物産が開発するモザンビークLNGに、国際協力銀行とメガ・バンクが総額144億ドル(約1兆5,800億円)の協調融資を行い、カントリー・リスクをNEXI(日本貿易保険)が保証している。LNG調達先の多角化、ホルムズ海峡を経由しない安全保障の観点から、官民一体となった新規LNGプロジェクトの開発に前向きの姿勢を見せている。

立ち上がるLNGの新規プロジェクト

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界のエネルギー需要が低迷している状況においても、意欲的な新規LNGプロジェクトの動きが続いている。その理由として第1にあげられるのは、長期的な世界のLNG需要の増加である。世界のLNG需要は、2019年の3億5,000万トンから、2040年には年間8億トンを超えることが見込まれている。
第2はESG(環境・社会・企業統治)投資の観点から、石炭火力からのダイベストメント(投資撤退)の動きが起こっていることである。政府は2030年度までに、低効率な石炭火力発電の休廃止を促すとしている。その代替として、炭酸ガス排出量が石炭の半分程度の天然ガス火力発電増強が期待されている。
第3に新型コロナウイルスの感染拡大により、世界的に太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギーに切り替わるという見込みである。出力変動が激しい再生可能エネルギーや、再稼働が不透明な原子力発電には過大な期待を持つことはできないが、出力が安定し発電コストも割安な天然ガス火力発電は大幅に増加することが見込まれる。EIA(米国エネルギー情報局)の最新の統計では、2020年上半期における米国の天然ガス火力発電の発電量は前年同期比9%増大しており、前年同期比30%も減少した石炭火力発電と対照的となっている。
米国のシェール・ガスの生産量が増加し、天然ガス価格が割安となり、天然ガス火力発電の能力が増加している。米国の天然ガス火力発電の増加は、産油州の経済成長と炭酸ガス排出量の削減に貢献している。
新型コロナウイルスの感染拡大により、未曾有のエネルギー需要減少が起こり、LNG価格が下落している今だからこそ、長期的なLNG需要の増加を見据えて、新規LNGプロジェクトを増強しようとする動きに注視する必要がありそうだ。

エネルギー
よもやま話

グリーンリカバリーの最右翼へ

最近になって、燃料電池に対する期待が世界各国で強まっている。蓄電池の本命とされているリチウム・イオン電池の技術にはない、3つの大きなメリットがあるからである。
第1は1回のエネルギー充填による航続距離の違い。電気自動車(EV)の場合は長くても300キロ程度で、小型の電気トラックだと100キロ程度。それに対して、燃料電池車(FCV)の場合には500〜1,000キロの航続距離がある。
第2はエネルギー充填の時間。FCVの水素の充填時間は3分程度とガソリン車と変わらない。それに対してEVの場合は急速充電で30分程度、通常充電には8〜10時間程度を必要とする。東京と大阪を結ぶ長距離トラック、大型バス、24時間稼動を求められる工場のフォークリフト等には、操業稼働率の向上、エネルギー充填時間の節約等を考えるとFCVの方が優れている。
第3は単位重量当りのエネルギー密度。燃料電池はリチウム・イオン電池の5倍である。ちなみに、ガソリンはリチウム・イオン電池の10倍程度。500キロを走行することを考えると、ガソリンの積載量が50キロに対して、リチウム・イオン電池は500キロの電池を搭載しなければならないことになる。
分かりやすい説明をすると、自動車の航続距離を伸ばそうとした場合に、ガソリン・エンジン、FCVの場合には、ガソリン、水素という燃料だけを増やせばよく、エンジン、燃料電池基幹部品等を増設する必要はない。こうした燃料電池ならではのメリットが、改めて見直されているのである。
海外にも燃料電池の復権に力を入れる国が登場している。ドイツ、EU、中国等である。中国は第一汽車、東風汽車等とトヨタ自動車との合弁で燃料電池を開発する企業を設立し、新エネルギー車のFCVも含め、2025年までに5万台、2030年までに100万台のFCVを普及させる計画を立てている。その他、韓国、サウジアラビア、豪州等も水素を燃料とした水素社会構築を目指している。
日本は水素社会、燃料電池のトップ・ランナーとして、2019年9月の水素閣僚会議において、燃料電池を利用したフォークリフト、乗用車、トラック、バス、鉄道、航空機等の輸送用機械を世界で1,000万台普及させ、今後10年間に世界の水素ステーションを1万ヵ所とする目標を世界に発信している。
さらに日本が開発した量産型家庭用燃料電池「エネファーム」を2030年に530万台、FCVを2040年に300〜600万台とする目標を掲げている。現在100ヵ所ある水素ステーションも、2025年度には320ヵ所にするとしている。
現時点では水素の製造コストは、原油の生産コストと比較すればはるかに割高であり、輸送と貯蔵の技術も開発途上にある。FCVの生産コストも1台当り700〜2,000万円の高額と課題は多い。しかし、地球温暖化対策を実効性のあるものにするためには、リチウム・イオン電池や季節・時間による出力変動が激しい太陽光発電、風力発電だけに期待をかけることはできない。新型コロナウイルスの感染拡大、未曾有の世界経済不況、相次ぐ暴風雨の発生という緊急事態に直面している今だからこそ、従来の化石燃料だけに頼ることなく、地球環境に優しい燃料電池、FCVの開発と市場の活性化、雇用の創出によるグリーン・リカバリー(地球環境保護と両立した景気回復)が大いに期待されるのである。