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2024.04.23

2024年における原油価格、LNG価格の見通し-パレスチナ危機のインパクト

2024年における原油価格、LNG価格の見通し-パレスチナ危機のインパクト

1. 混迷する国際エネルギー情勢

 ロシアによるウクライナへの侵攻が2年以上も続き、戦闘が長期化の様相を見せている状況のもと、2023年10月には、パレスチナのイスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃に端を発したイスラエルによる報復の地上戦が、世界の原油生産の中心といえる中東地域の情勢を揺さぶっている。ウクライナ危機も、パレスチナ危機も、2024年3月時点においては、解決への糸口が見えず、国際エネルギー情勢の危機は混迷を極めている。ロシアは、原油生産量世界第3位、天然ガス生産量世界第2位、サウジアラビアは、原油生産量世界第2位の資源エネルギー大国の位置を占めている(図表1)。

(図表1)国別原油生産量割合 2022年(単位:千バレル/日)

(図表1)国別原油生産量割合 2022年(単位:千バレル/日)

出所:世界エネルギー統計レビュー2023年

 1970年代の2度にわたる石油危機は、中東産油国の石油だけのエネルギー危機であった。しかし、現在の国際エネルギー危機は、石油のみならず、天然ガス、石炭を含む幅広い危機をもたらしている。

2. 2024年冬は落ち着きを見せた原油価格、LNG価格

 原油生産大国、天然ガス生産大国ロシアへの欧米先進国による制裁、原油生産大国サウジアラビア、LNG(液化天然ガス)輸出大国カタールをはじめとする中東情勢の混迷は、本来は原油価格、LNG(液化天然ガス)価格の高騰をもたらす。実際に、ウクライナ危機が起こり、ロシア産石油・天然ガスの供給途絶が現実味を帯びた2022年3月には、WTI(ウェスト・テキサス・インターミデェート)原油価格は1バレル130ドルを超え、極東アジアのLNGスポット(随時契約)価格は百万Btu(ブリティッシュ熱量単位)当たり84ドルを超えた。しかし、その後2023年以降は、原油価格、LNG価格も落ち着き、2024年3月中旬時点におけるWTI原油価格は1バレル70ドル~80ドル、極東アジアのLNGスポット価格は百万Btu当たり8ドル~10ドルと少し下落している。その理由としては、第1にロシア産石油・天然ガス輸出への欧米先進国の制裁にもかかわらず、ロシアを強く非難しない中国、インド等の新興国がロシア産の石油・天然ガスの輸入を増加させ、その分中東地域からの石油・LNG輸入を減少させ、余剰な中東産の石油とLNGが欧州諸国に輸出されたことから、世界全体においては、石油需給、LNG需給がバランスし、需給逼迫による価格高騰が起こらなかったこと。第2に2024年の冬の気候が温暖であったことから、天然ガス火力発電の需要の伸びが限定され、欧米先進国の石油在庫、天然ガス在庫が積み上がり、石油価格・LNG価格に上昇圧力がかからなかったこと。第3に原油価格、天然ガス価格の上昇を受けて、米国のシェール・オイル、シェール・ガスの生産量が、ともに2024年3月時点において史上最高を記録しており、米国のシェール・オイルの輸出は日量410万バレルを超え、米国のシェール・ガスを原料としたLNG輸出も2023年は年間8,500万トン超と世界最大のLNG輸出国となったこと。等が挙げられる。

3. 米国のシェール・オイル、シェール・ガスの生産は好調

 2022年頃までは、米国のバイデン政権のもと、脱炭素の流れ、ESG(環境・社会・企業統治)投資により、米国のシェール・オイル、シェール・ガスの生産企業は、化石燃料が座礁資産となる懸念から、新規開発よりも借入金の返済による財務内容の健全化、配当金の引き上げ、自社株買い等の株主還元を優先し、キャッシュ・フローよりも少ない投資しか行わず(図表2)、新規開発投資が停滞し、シェール・オイルとシェール・ガスの生産量は伸び悩んでいた。そのため、米国の原油生産量は2019年11月をピークとして増加していなかった。

(図表2)米国の石油企業のキャッシュ・フローと投資の関係

(図表2)米国の石油企業のキャッシュ・フローと投資の関係

出所:米国エネルギー情報局統計

 しかし、ウクライナ危機を契機とした原油価格、天然ガス価格の上昇により、米国のシェール・オイル、シェール・ガスの生産量は増加を始め、2023年12月の米国の原油生産量は日量1,331万バレルと米国の歴史上最高に達している。米国におけるシェール・オイル、シェール・ガスの生産にあたって、リグ(新規油田開発のための掘削装置)の稼働数は、2010年代と比較して増加していないものの、掘削技術の向上、AI(人工知能)の活用、坑井仕上げの改善等により、1井戸当たりの生産性が向上し、投資額を抑制しつつ、シェール・オイルとシェール・ガスの生産量を増加させている。さらに、ウクライナ危機によるガソリン価格の高騰を受けて、バイデン政権もシェール・オイル、シェール・ガスの開発規制を緩和し、石油企業も風力発電をはじめとした再生可能エネルギーよりも、石油・天然ガス事業のほうが利益率も高く、株式市場における評価も好ましいことから、再びシェール・オイル、シェール・ガスの開発に力を入れ、シェール・オイル、シェール・ガスの権益に係わるM&A(合併・買収)が活況を呈している(図表3)。

(図表3)米国のシェール権益の大型買収

買収企業 相手先 買収発表 概要
シェブロン PDCエナジー 2023年5月 76億ドルでパーミアン鉱区等を取得
エクソンモービル パイオニア・ナチュラル・リソーシズ 2023年10月 595億ドルでパーミアン鉱区等を取得
シェブロン ヘス 2023年10月 530億ドルで、ノースダコタとガイアナの油田権益
オキシデンタル クラウンロック 2023年12月 120億ドルでパーミアン鉱区等の取得
東京ガス ロッククリフ・エナジー 2023年12月 27億ドルでテキサス州等のシェール・ガス権益取得
チェサピーク サウスウェスタン・エナジー 2024年1月 74億ドルでペンシルバニア州等のシェール・ガス権益取得
ダイヤモンドバック・エナジー エンデバー・エナジ・リソーシズ 2024年2月 260億ドルでパーミアン鉱区を買収

出所:各種新聞報道

4. 原油価格の2024年の見通し

 今後の原油価格を見通すうえで、上昇要因を考えると、第1にサウジアラビアをはじめとしたOPEC(石油輸出国機構)加盟国と、ロシアをはじめとした非OPEC加盟国によるOPECプラスは、2024年4月以降も日量220万バレルの自主減産を続け、中東産油国からの原油供給が絞られること。第2に新型コロナウイルスの感染拡大収束を受けて、自動車用ガソリン、航空機用ジェット燃料の消費が増加し、世界的に石油需要が増加していること。エネルギー専門家の一部には、世界の石油需要は、新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年をピークとして、脱炭素の流れのなか減少に向かうという予測もあったものの、現実には2022年以降、世界の石油需要は増加を続け、IEA(国際エネルギー機関)の統計によれば、2023年の世界の石油需要は日量1億100万バレルと史上最高を記録している。米国の場合も、FRB(米国連邦準備制度理事会)による金融引き締めが続いているものの、個人消費は堅調であり、2024年春のドライブ・シーズンに向けて、ガソリン需要は増加している。第3にイスラエルとハマスとの地上戦が長期化し、中東情勢全体を緊張化させて、イエメンの親イラン武装組織フーシが、紅海における船舶攻撃を繰り返し、紅海からスエズ運河を通過する石油タンカーの運行が妨げられ、遠回りとなる喜望峰経由のルートを使うことを余儀なくされ、航海日数が増加するとともに、タンカー数が不足することとなり、欧州諸国へ輸出する原油価格への上昇圧力がかかっていること。等が挙げられる。
逆に、下落要因としては、第1に中国の不動産不況による景気低迷の長期化により、予想されたほど中国の原油輸入が増加していないことが挙げられる。米中対立の激化もあって、中国の工業製品輸出への欧米諸国による規制が強化されており、中国の経済成長率は鈍化している(図表4)。

(図表4)中国の経済成長率(%)

(図表4)中国の経済成長率(%)

出所:IMF(国際通貨基金)統計

 第2に上述にように米国のシェール・オイルの生産が好調であり、2024年における米国の原油生産量がさらに増加して、OPECプラスによる減産効果を打ち消すことが考えられる。第3にOPECプラス以外の産油国、ガイアナ、カナダ等の原油生産量が2024年に増加し、原油供給が過剰となる可能性がある。
 上昇要因と下落要因を考慮すると、第1に米国においては、2024年6月以降に金利の引き下げによる金融緩和が行われ、経済成長率が上振れすることが見込まれること。第2に日本はマイナス金利を解除したものの、欧米先進国は、物価が安定してきていることから、金融緩和を行い、余剰なマネーが原油先物市場に流れ込み、原油価格に上昇圧力がかかること。第3に中国の景気回復が2024年夏頃に予想されること。等により、2024年の世界の石油需要が大幅に増加することから、石油需要の伸びに石油供給が追いつかず、原油価格が再び1バレル100ドルに向かうことが予想される。IEA(国際エネルギー機関)、EIA(米国エネルギー情報局)等のエネルギー専門機関も、2024年は石油需要が石油供給を上回り、原油価格の上昇要因となると予測している。OPEC、2024年3月には、さらに強気の石油需要見通しを示しており、2024年の世界の石油需要は日量1億446万バレルに増加すると予測している(図表5)。

(図表5)OPECによる石油需要見通し (単位:百万バレル/日)

(図表5)OPECによる石油需要見通し (単位:百万バレル/日)

出所:OPEC石油市場月報2024年3月

5. LNG価格の見通し-猛暑、寒波の来襲に備え

 欧州諸国による脱ロシア産天然ガスの動きのもと、ドイツをはじめとした欧州諸国は、米国のシェール・ガスを原料としたLNGの輸入を増加させ、国際LNG市場においては、欧州諸国とアジア諸国によるLNG争奪戦が繰り広げられていたが、2023年冬、2024年冬が暖冬であったことから、欧州諸国、米国における天然ガス在庫が積み上がり、2024年冬の欧州におけるLNGスポット価格は百万Btu当たり8ドル、米国のヘンリー・ハブ渡しの天然ガス価格は百万Btu当たり1.5ドルと低位安定している。ただし、今後のLNG価格の見通しについても猛暑や寒波など予期せぬ気候変動による影響を大きく受ける可能性がある。

 現時点におけるLNGスポット価格百万Btu当たり8ドル~10ドルは、ウクライナ危機直後と比較すれば落ち着いているものの、新型コロナウイルス感染拡大前と比較すれば2倍程度と高値となっている。2023年の夏は、世界的に記録的な猛暑となり、2024年夏も猛暑となって、冷房用の天然ガス需要が増加した場合には、欧州諸国の天然ガス在庫が減少し、欧州諸国とアジア諸国とのLNG争奪戦が激しいものとなり、極東アジアのLNGスポット価格が、再び百万Btu当たり20ドルを超えることも考えられる。日本の場合は、原油価格に連動した長期LNG購入契約が8割を占めており、欧州諸国における天然ガス在庫の減少が、即座に日本のLNG輸入価格の高騰にはつながらないものの、原油価格が1バレル100ドルとなった場合には、LNG輸入価格は百万Btu当たり14ドル程度が見込まれる。

(図表6)日本の国別LNG輸入量 2022年(単位:万トン)

(図表6)日本の国別LNG輸入量 2022年(単位:万トン)

出所:国際LNG輸入者協会統計

 日本にとってのLNG購入にあたってのリスクは、第1にロシア産LNGが1割を占め(図表6)、比較的安価かつ安定的に供給を受けているものの、ウクライナ危機が長期化し、ロシアが日本への供給を止めると、日本は割高なスポット市場における調達が必要となる地政学リスクがある。ロシア産LNGは、原油価格に連動し、現在の市況においては、割安に購入できる。第2に米国のシェール・ガスを原料としたLNG、主として割高な価格で購入してくれる欧州諸国への輸出が増加しており、米国のシェール・ガスを原料としたLNGを、いかに安定的に購入するかが課題となる。おりしも、2024年秋には、米国の大統領選挙が行われ、共和党政権となるか民主党政権となるかによって、脱炭素政策、シェール・ガス開発政策が大きく変化する可能性が強く、米国のLNG輸出プロジェクトの動きも変わって、LNGスポット価格もインパクトを受ける。
 気候変動により、世界的には猛暑、洪水、干ばつ、寒波という異常気象が続いており、風力発電、水力発電の出力低下に対して、機動的に電力需給変動に対応できる天然ガス火力発電の重要性が増している。またアジア諸国においても都市ガスのネットワークが整備されつつあることから、日本は2024年も、環境特性に優れたLNGを、アジアのLNG輸入国のリーダーとして、価格面、供給面の両面から、どのように安定的に調達できるのか、エネルギー安全保障と安定供給の向上のために、世界の情勢を注意深く監視して都度適切な判断をすることが求められる。

岩間 剛一 Kouichi Iwama
岩間 剛一Kouichi Iwama
和光大学経済経営学部教授(資源エネルギー論、マクロ経済学、ミクロ経済学)
東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
【略歴】
1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職

ENERGY BUSINESS PRESSのバックナンバーはこちらからご覧いただけます。(2017年2月より掲載しています)

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