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2023.09.11

脱炭素と都市ガス企業の戦略

新型コロナウイルスのパンデミックと、資源エネルギー大国ロシアによるウクライナ侵攻という人類を震撼させる出来事を経て、世界は脱炭素への動きを強めている。2023年の夏に入っても、日本のみならず世界各地において猛暑、暴風雨、大型台風、干ばつをはじめとした気候変動が相次ぎ、地球温暖化対策としての炭酸ガス排出削減は喫緊の課題となっている。多くの都市ガス企業も、2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)実現を、重要な経営戦略として掲げている。
もっとも、持続可能な人類と地球環境との共存のための脱炭素といっても、簡単な話ではない。現実には世界の人口は80億人を超え、これからもエネルギー消費量は増え続ける。世界全体のエネルギー需要の伸びに対して、様々な方法による脱炭素戦略が考えられている。

2050 NET ZORE Emissions

1. メタネーション技術の開発

 第1にメタネーションという技術の開発である。工場、火力発電所等から排出される濃度の高い炭酸ガスを回収し、再生可能エネルギーによる電気で水を電気分解してグリーン水素を生産し、水素と炭素を反応させて合成メタン(e-メタンと呼ぶ)を作り出す。こうして作り出されたメタンは、生産時に炭酸ガスを吸収していることから、ライフ・サイクルで見て炭酸ガスの排出は実質ゼロとなる。さらに通常の天然ガスと同じ性質であることから、既存のLNG(液化天然ガス)の液化基地、LNG輸送船、LNG受入基地、貯蔵タンク、都市ガスの導管、家庭のガス器具を利用することが可能となる。都市ガス企業、プラント・メーカー等が、サバティエ反応という水素と炭酸ガスを反応させて、日本国内にメタンを生産する世界最大級の設備建設を目指している。その他にも、SOEC(固体酸化物型電解セル)を利用して、水と炭酸ガスを反応させて、熱損失を減らし、効率の良いe-メタンを生産する技術、さらにはハイブリッドサバティエ反応といって、水の電気分解とメタン合成をまとめて行う技術等も研究されている。
 今後の課題としては、2030年に向けて、通常の天然ガスと比較して割高な生産コストの低減、量産化への技術開発が挙げられる。政府は2050年までに合成メタンを既存の導管等のインフラストラクチャーに90%注入し、合成メタンの供給量を2,500万トンに増加する目標を掲げている。

2. 炭酸ガス回収・地下貯留技術の開発とコスト低減

 第2に炭酸ガスを回収するCCS(Carbon Dioxide Capture and Storage:炭酸ガス回収・地下貯留)技術の開発とコスト低減がある。現在は、アミン溶液等により発電所等から濃度の高い炭酸ガスを回収し、老朽化した天然ガス田等に注入して、炭酸ガスを地下貯留する技術が開発されている。さらには、わずか420ppmの濃度しかない大気中の炭酸ガスを直接回収して地下貯留し、大気中の炭酸ガス濃度そのものを現状維持から低減するカーボンネガティブとして、DAC(Direct Air Capture:大気中炭酸ガス直接回収)の技術開発も行われている。理論的には、CCS、DACを安価かつ大量に行う技術開発に成功すれば、脱炭素への課題解決に大きく近づく。18世紀後半の産業革命期の280ppmにまで炭酸ガス濃度を引き下げることも可能となる。ただ、ここで課題となっていることは、①炭酸ガスを貯留するための老朽化した天然ガス田等が存在する場所が世界中どこにでもあるわけではないこと、②炭酸ガスの回収コストが、CCSで1トン当たり8,000円~10,000円程度、DACの場合には1トン当たり10万円を超えるため、現時点においては経済的に炭酸ガスを回収できないこと、である。そのため、今後の技術革新により、炭酸ガスの分離膜技術の開発をはじめとして炭酸ガスの回収コスト低減をはかり、CCSと組み合わせた石炭火力発電の発電コストを、キロワット時当たり15円程度にまで引き下げることが期待されている。

3. 水素、アンモニアの利活用

 第3に究極のクリーンなエネルギーとされる水素、アンモニアの利活用が挙げられる。水素は燃焼しても水しか排出せず大気汚染も引き起こさない。また、水素は大気中の窒素を反応させてアンモニアをつくりだすことができる。2023年6月6日に日本政府は水素の供給を増やし、生産コストの低減による一層の普及を目指すこととした。具体的には、①2040年の水素供給量を現在の6倍の1,200万トンとし、②水を電気分解して水素をつくりだす水電解装置と触媒等の素材への投資を行い、③今後15年間に官民合わせて15兆円の投資を行い、④割高な水素普及のために、天然ガスをはじめとした他のエネルギーとの価格差を支援する。エネルギー安全保障、エネルギー自給率の向上、化石燃料依存からの脱却、経済成長の観点から、水素、アンモニア社会構築を目指す。こうした水素社会、アンモニア社会が期待される理由としては、①2000度以上の高温を必要とする鉄鋼業、化学企業等にとって、再生可能エネルギーによる電気だけでは十分ではなく、高温をつくりだす熱源としてのアンモニア、水素が求められ、水素と鉄鉱石により粗鋼をつくりだす水素還元製鉄の技術開発が2050年に実用化を目指して開発されている。②長い航続距離、短いエネルギー充填時間が求められる長距離トラック等の場合には、電気自動車では対応できず、水素と酸素を反応させて電気をつくりだす燃料電池車の技術開発の必要性がある。政府も、2050年には水素2,000万トン、アンモニア3,000万トンの供給目標を掲げている(図表1)。

(図表1)日本の水素基本戦略

2020年代 2030年代 2050年代
水素ステーション 100ヵ所 900ヵ所 GSの代替
水素発電 技術開発 商用化 天然ガス火力代替
水素コスト(円/m3 100円 30円 20円
水素供給量 200万トン 30円300万トン 2,000万トン

出所:日本の水素基本戦略

 都市ガス企業も、効率のよい水電解装置の開発、都市ガス導管への水素混合の技術開発、燃料電池車への水素供給ステーションの建設等を行っている。
ただ水素は石油と比較すると単位体積当たりのエネルギー密度が3000分の1しかないうえに、液化温度が絶対零度に近いマイナス253度と技術的に難しいという問題がある。それに対しアンモニアは、水素と同様に燃焼しても炭酸ガスを排出しないうえに、液化温度がマイナス33度と技術的にやさしく、常温においても8.5気圧で液化する(図表2)。

(図表2)アンモニアと水素の比較

アンモニア 液化水素
液化 マイナス33度で液化 マイナス253度
体積 1,300分の1 800分の1
メリット 既存設備を利用 生産コストが安価な国から輸入
デメリット 窒素酸化物の排出 超低温が技術的に難しい

出所:資源エネルギー庁資料

 さらに、アンモニアは化学式(NH3)が水素分子を多く含み、マイナス33度に冷却して液化したアンモニアは、同じ体積の液化水素の2倍近い水素をもっておりエネルギー密度が高い。燃焼速度も水素より遅く、扱いやすく、石炭火力発電にも混焼できる。石炭火力発電の燃料をすべてアンモニアとすれば、年間2億トンもの炭酸ガス排出削減となる。
 ただし、水素やアンモニアの一般利用までにはまだまだ大きな課題がある。いずれも既存のパイプラインや燃焼機器が使えないため、内陸部へ供給するための専用パイプラインなど新たなインフラの構築と専用の燃焼機器開発が必須となる。またアンモニアには特有の強い刺激臭と毒性があるため漏洩時の安全対策も課題となっている。現時点では過渡期対応として、火力発電所や臨海部での工業利用が考えられている。

4. 都市ガス企業による再生可能エネルギー事業の取り組み

 第4に太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギー事業への都市ガス企業の取り組みが挙げられる。都市ガス企業のみならず、世界のエネルギー企業は、石油だけ、石炭だけという枠組みにとらわれず、総合エネルギー企業として、再生可能エネルギー分野にも事業ドメインを拡大している。欧州系の石油メジャー(国際石油資本)であるシェル、BP等も、風力発電事業への投資を強化している。日本の場合には、447万平方キロメートルという世界第6位の面積を誇るEEZ(排他的経済水域)をもち、洋上風力発電の拡大が、再生可能エネルギーの有力な切り札とされている。日本は遠浅の海が少ないため、水深50メートル以上の海域において、風力発電機の基盤を固定させない浮体式洋上風力発電の技術開発が期待されている。長崎県五島市沖において、日本最初の浮体式洋上風力発電の建設が始まっており、合計出力は1万6,800キロワット、2024年1月に稼働開始を予定している。2023年度には、秋田県、新潟県、長崎県において、合計180万キロワットに達する大規模な洋上風力発電の入札が予定されており、総事業費は1兆円に達する。都市ガス企業も応札を検討している。

5. 海外におけるLNG事業の強化

 第5に海外におけるLNG事業の強化が挙げられる。天然ガスは、単位熱量当たりの炭酸ガス排出量が石炭の半分程度であり、2050年のカーボンニュートラルへのトランジション(橋渡し)のエネルギーとしての重要性に変わりはない(図表3)。特に石炭火力発電に依存するアジア諸国にとっては、石炭から天然ガスへの切り替えは、炭酸ガス排出削減に大きく貢献する。

(図表3)化石燃料別炭酸ガス等排出比較(石炭を100とする)

(図表3)化石燃料別炭酸ガス等排出比較(石炭を100とする)

出所:資源エネルギー庁資料

 アジア諸国がLNGを利用するのにあたって、LNGの調達、輸送、再気化、導管建設、発電に係わる長年の豊富なノウハウを有する日本の都市ガス企業は、大きな役割が期待されている。東南アジア諸国は、現時点においては石炭火力発電が主力であり、大きな国土面積を必要とする太陽光発電は現実的ではなく、炭酸ガス排出削減への現実的な解決策はLNG火力発電の強化といえる。都市ガス企業、JERAをはじめとした電力企業も、東南アジアのLNG火力発電事業に力を入れている(図表4)。

(図表4)東南アジアのLNG火力発電プロジェクト2023年

国名 概要
ベトナム 東京ガス、丸紅が受入基地から発電所まで操業
ベトナム JERAがベトナムのLNG火力発電でエクソンモービルと協業
インドネシア 丸紅、双日がジャワ島のFSRUと発電所の建設
フィリピン JERAがLNG調達とLNG火力発電を協業
フィリピン 東京ガスとファーストジェンによるFSRU輸入
フィリピン 大阪ガスがJBICとともにエネルギー開発のAGPに出資
ミャンマー 丸紅、三井物産、住友商事がLNG火力発電の建設
タイ 三井物産が、LNG火力発電の建設に参画
タイ 静岡ガスが天然ガス火力発電に出資
バングラデシュ JERAがLNG火力発電所建設に参画
バングラデシュ JBIC、NEXIがLNG火力発電の政策金融

出所:資源エネルギー庁資料

6. 都市ガス企業の今後の社会的使命

 2050年のカーボンニュートラルは、人類共通の目標であるとともに、エネルギーを供給する都市ガス企業にとっても重要な社会的使命である。しかし、多くの脱炭素への戦略、方法は、技術開発の途上であり、量産化はもとより、生産コストも通常の石油、天然ガスと競合できるレベルには達していない。こうした数多くの難問に直面している都市ガス企業は、これまでに培ってきた、あらゆる技術とノウハウを総動員して、課題を解決し、持続可能(Sustainable)な社会の構築を目指すことが求められている。

岩間 剛一 Kouichi Iwama
岩間 剛一Kouichi Iwama
和光大学経済経営学部教授(資源エネルギー論、マクロ経済学、ミクロ経済学)
東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
【略歴】
1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職

ENERGY BUSINESS PRESSのバックナンバーはこちらからご覧いただけます。(2017年2月より掲載しています)

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