2024.02.26
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、脱炭素化とGXを推進する上で重要な仕組みのひとつとされているのが、排出量取引です。日本でも運用が始まっている排出量取引制度について、注目されるGX-ETSの仕組みや企業への影響をわかりやすく説明します。
排出量取引とは、CO₂をはじめとする温室効果ガス(GHG)を排出できる権利を取引する制度のこと。2015年のパリ協定で各国が掲げた削減目標を達成するための取り組みの一環で、気候変動問題の主因となるCO₂に価格をつけ、排出量に応じて金銭的負担を求める「カーボンプライシング」の手法のひとつです。
カーボンプライシングには、炭素税や省エネ法といった政策だけでなく、民間主導による取引や、企業が自社のCO₂排出に独自で価格づけする取り組みなど、さまざまな手法があります。その中で排出量取引は、規制によって排出制限を行うよりも経済合理的に削減を進められることから、カーボンニュートラルの推進に重要な役割を果たすと考えられています。
「キャップ&トレード」は排出量取引の最も一般的な制度で、国や企業に対してGHG排出量に枠(キャップ)を設けます。国や企業が実際の排出量を排出枠よりも少なく抑えた場合は、余剰分を売却(トレード)することができます。反対に、設定枠を超えて排出してしまった場合は、超過分を枠が余っている国や企業から購入して補完することになります。これにより、全体としてのGHG排出量を抑えることがねらいです。
同じように排出権利を売買するものに「カーボンクレジット」があります。カーボンクレジットは、国や企業が削減努力によって排出量を減らした分を、クレジット化して売買できる制度です。創出したクレジットを売って収益を得たり、あるいはクレジットを購入して自社の排出量をオフセットしたりできます。カーボンクレジットの創出量は世界的に伸びていて、今後ますます活発化すると考えられています。
排出量取引制度は、EUやカナダ、アメリカの一部州のほか、アジアでは中国や韓国などが導入しています。世界銀行によると、制度を導入している国・地域は36で、2013年の15から2倍以上に増加(2023年3月31日時点)しており、取引される排出量は世界の排出量全体の約18%を占めます。一方、日本ではこれまで国としては導入していませんでしたが、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」において、2026年から本格稼働することになりました。排出量取引制度をめぐるグローバルな動向と国内の動きについて、それぞれ簡単に紹介します。
排出量取引制度をいち早く取り入れたのは欧州連合(EU)で、2005年にEU-ETS※をスタートさせました。当初は加盟25カ国における発電施設や製造業の大型施設から排出されるCO₂のみを対象としていましたが、フェーズを追うごとに対象国や部門が拡大し、温室効果ガスの種類も追加されてきました。現在は30カ国の約1万2,000施設を対象に、EUの排出量の45%をカバーする取引制度となっています(出典:野村総合研究所著「排出量取引とカーボンクレジットのすべて」より)。
※ETS=Emission Trading SchemeまたはEmissions Trading Systemの略。
EU-ETSの開始をきっかけに、グローバルな排出量取引市場が発展していきました。各国・地域で導入が進められ、その流れはアジア太平洋地域にも及んでいます。2008年にニュージーランドでNZ-ETSが開始したのをはじめ、2013年には中国がパイロット版として一部地域で導入したのを皮切りに、2021年からは中国国内全体での運用が始まり、世界最大規模の市場になっています。このほか、2013年にカザフスタン、2015年に韓国、2023年にインドネシアで導入されたのに加え、タイやベトナム、マレーシアなどでも導入の検討が進められています。
日本国内では、2010年度から東京都が、2011年度から埼玉県が、それぞれ大規模事業所を対象とした排出量取引制度を導入しています。国全体での排出量取引については、これまで、環境省を中心に具体的な検討や試行事業が行われてきましたが、導入には至っていませんでした。しかし、2020年10月に当時の菅首相が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行ったのを機に、本格的な排出量取引制度導入に向けた議論が再び進むことになったのです。
そんな中で構想されたのがGXリーグです。GXリーグは、言うなればGXに取り組む先駆的企業が集まり、自主的な排出量取引やルールづくりなどの取り組みを行う場です。GXリーグでは、2022年度を通じて自主的な排出量取引の設計が進められました。これと並行して、政府による「GX実行会議」で排出量取引を含むカーボンプライシングのあり方が議論され、2026年度から「GX-ETS(排出量取引)」が、2028年度から「炭素に対する賦課金」が導入されることになりました。
2023年10月には、東京証券取引所に「カーボン・クレジット市場」が開設され、全国規模での取引が始まりました。また、同月には国際排出量取引協会(IETA)が主催する国際会議「アジア気候サミット2023」が東京で開かれ、GX-ETSが海外からも注目を集めるなど、排出量取引をめぐる動きが活発になっています。
(参照)
『Earth新潮流』(日本経済新聞 2023年11月20日)
『排出量取引』(東京都環境局)
『目標設定型排出量取引制度』(埼玉県庁)
『カーボン・クレジット市場』(JPX日本取引所グループ)
2026年度からの排出量取引市場本格稼働に向け、第1フェーズ(2023〜2025年度)としてGXリーグ内においてGX-ETSの運用が開始しました。GXリーグにはさまざまな業種から600社弱(2024年1月時点)が参画しており、日本のGHG排出量の5割以上を占める企業群による排出量の取引がすでに始まっています。
EU-ETSや東京都などの制度は、対象となる事業所や施設に対して、あらかじめ排出枠が設定される義務的な取り組みであるのに対し、GX-ETSの第1フェーズは、企業が自主的に目標を設定し、取り組み状況について第三者による評価を受けながら排出量を削減していく「プレッジ&レビュー」をコンセプトにしています。各企業が設定した目標値や達成状況、取引状況などの情報は「GXダッシュボード」で開示され、他社と比較されることになるため、企業がより高い目標設定を行う動機づけにもなり得ます。また、排出枠を超えてしまった場合、海外の制度では超過した枠の購入義務や罰則がありますが、第1フェーズにおいては自主目標に達しなかったとしてもペナルティはありません。ただし、そうした情報もGXダッシュボードで広く一般に公開されることになります。プレッジ&レビューの仕組みを排出量取引に採用するケースは海外でも先行事例がなく、その独自性が注目されています。
第1フェーズでは上記のように、参加、目標設定、達成状況への対応などはすべて企業の判断に委ねられていますが、本格稼働となる第2フェーズ(2026年度頃〜)の制度は、第1フェーズの進捗やグローバルな動向をふまえながら進められる予定です。そのため、参加対象企業や目標設定の水準、達成状況への対応などは規律化がより強まる可能性があるといえます。また、第3フェーズ(2033年度頃〜)からは、GX推進法によって排出枠の有償化(※発電事業者対象)が定められています。このような制度設計によって、政府はGX-ETSを段階的に発展させていく方針です。
GX-ETSの第1フェーズは、2023年4月〜の排出量が対象となるため、実際に排出枠(正式名称は「削減超過枠」)の取引が始まるのは2024年10月末からの予定です。取引方法については現時点(2024年1月)では明らかになっていませんが、目標未達企業の対応策として、政府が運用するカーボンクレジットの「J-クレジット」調達が可能になっています。このことから、今後、J-クレジットを取り扱う東京証券取引所のカーボン・クレジット市場との連携も考えられます。
排出量取引は、先にも触れたように、規制による排出制限よりも経済合理的に削減を進めることができる点が最大のポイントです。具体的には、以下のようなメリットがあります。
・目標(排出枠)が明確になり、排出削減の計画が立てやすくなる
・排出削減にかかるコストを抑えられる(排出枠を超過した場合の対応に選択肢がある)
・排出削減の手段が多様化する
・収益を得られるため、取り組みの動機づけになる
今後、GX-ETSが規制化の色合いを強めるとなれば、各企業にとっては、対応するための設備投資やソリューション導入など、さまざまな業務や追加コストが生じることが考えられます。その一方で、排出量取引をきっかけに事業構造を見直したり、新しいビジネスを立ち上げたりと、企業が成長するチャンスととらえることもできるでしょう。脱炭素化のスピードアップがますます必要な今、GXリーグの動向や政策制度への理解を深めておくことが大切です。
2023年11月〜12月にドバイで開催された気候変動に関する国際会議「COP28」では、「化石燃料からの脱却を進め、行動を加速させる」ことで合意がなされ、各国の今後の政策が問われることになりました。排出量取引が活発化することで、世界全体の脱炭素はますます進んでいくと予想されます。企業は今後規制化に向かう場合を見据え、国内動向を注視しながら、自社に適した取り組みを進めていくことが重要です。
(参照)
『野村総合研究所著「排出量取引とカーボンクレジットのすべて』(エネルギーフォーラム)
カーボンニュートラルに関する