コラム

2026.04.15

企業経営を支える水のレジリエンス〜高まる水リスクへの備え〜

企業経営を支える水のレジリエンス〜高まる水リスクへの備え〜

日本では、かつて工場排水による深刻な公害が社会問題となりましたが、法制度と技術の進展により、違法排水は大幅に抑制されました。一方で、水循環の変化や気候変動の影響により、国連大学が「世界は『水破産』の新たな時代に入った」と警告するなど、水リスクはむしろ高まりつつあります。水はエネルギーと並ぶ重要な資源であり、水リスクはそのまま工場停止、操業制限、原材料調達の遅延など事業継続に直接的な影響を及ぼします。同時に水資源管理は生物多様性を含む自然環境の保全や回復にとっても重要なテーマです。本コラムでは水リスクへのレジリエンスを高める手法や、自然へのインパクトを最小限に抑えつつ、水環境の回復をめざすアプローチについて解説します。

1. なぜ今、水リスクが経営課題になるのか

(1)気候変動による「水の不確実性」が高まっている

世界は「水破産」に直面

気候変動の影響により、水不足や洪水、水質悪化といった問題が世界各地で深刻化しています。国連大学が2026年1月に発表した報告書『Global Water Bankruptcy』では、「世界は『水破産』の新たな時代に入った」と警告しています。
同報告書によると、1990年以降、世界の大型湖沼の50%超が水量を失い、主要な地下水脈の約70%が長期的な減少傾向にあります。また、氷河は1970年以降で約30%縮小しました。
ここでいう「水破産」とは、人間活動による水利用が、雨や雪、地下水など自然の水の補充速度を長期間にわたって上回り、水資源を使い尽くしてしまった状態を指します。

日本の水リスクも顕在化

日本は水資源に恵まれた国とされてきましたが、近年は渇水や豪雨、下水道をはじめとするインフラの老朽化といったリスクが、すでに企業の事業継続に影響を及ぼし始めています。
気候変動の進行により、降水量は季節や地域による変動が大きくなりつつあります。水はもはや「当たり前に使える資源」ではなくなりつつあるのです。

(2)サプライチェーン全体に波及する水リスク

水リスクは自社拠点だけの問題ではありません。取引先やサプライチェーン全体における水リスクも、無視できない経営課題となっています。
原材料生産地での渇水、海外拠点における洪水や水不足、水リスクの高い地域への依存など、海外の水問題が国内の生産や供給に跳ね返るケースも増えています。

水リスクを可視化する「バーチャルウォーター」と「ウォーターフットプリント」

「バーチャルウォーター」とは、製品やサービスの背後で使われている水の総量を示す概念です。たとえば、日本が輸入する食料や資源には、海外で使用された膨大な量の水が含まれていることがあります。これは、自社では水を多く使っていなくても、調達先の水資源に強く依存していることを意味します。調達先での水不足は、そのまま供給不安につながります。

一方、「ウォーターフットプリント」は、どこで、どの工程で、どれだけの水が使われているかという「場所」と「量」を可視化する手法です。いずれも製品の背後にある水使用を捉え、サプライチェーン全体の水リスクを把握するための重要な指標です。

(3)水リスクによる生態系への影響

①水リスクによる生態系への影響「水量」「水質」「水循環」

水リスクは企業活動の継続性だけでなく、生態系そのものの劣化も引き起こします。

①水量の変化:過剰取水や渇水が進むと、河川や湿地、湖沼の水位が低下し、生物の生息環境が失われます。特に淡水生態系は、わずかな水量変化にも弱く、魚類や水生昆虫、水辺の植生が連鎖的に減少します。これは生物多様性の低下だけでなく、漁業や農業など地域産業への影響にもつながります。

②水質の悪化:工業排水や農薬・肥料の流入、都市排水の増加は、富栄養化や有害物質の蓄積を引き起こします。水質が悪化すると、特定の生物だけが増え、生態系のバランスが崩れます。過去の公害問題は一定程度解消されましたが、現在も化学物質や微量汚染物質による生態系ストレスは残っています。

③水循環の分断:ダム建設や都市開発、地下水の過剰利用は、自然な水の流れを遮断します。その結果、上流と下流、陸域と水域の生態系のつながりが失われ、湧水や湿地の消失を招き、生態系の回復力(レジリエンス)を弱めます。

②水リスクをゼロにする「ウォーターニュートラル」と、水循環による生態系回復をめざす「ウォーターポジティブ」

水を単なる「使う資源」ではなく、企業が関係性を持つ自然資本として捉え直す取り組みが注目されています。それが、水リスクのインパクトをゼロにする「ウォーターニュートラル」と、水循環による生態系回復をめざす「ウォーターポジティブ」です。

「ウォーターニュートラル」とは企業活動によって生じる水への負荷を、削減や回復の取り組みによって差し引きゼロの状態に近づけることを目指す考え方です。取水量の削減、再利用率の向上、工程改善などにより、自社およびサプライチェーンでの水使用を減らし、その上で自社だけでは削減しきれない水負荷を、他の場所で補います。
具体的には、流域の湿地回復、地下水涵養プロジェクト、農業用水の効率化支援などを通じて、水循環の回復に貢献する手法があります。

「ウォーターポジティブ」とは、自社の水負荷を相殺するにとどまらず、地域全体の水環境をプラスの状態にすることを目指す考え方です。自社拠点外や流域全体・サプライヤーや自治体、住民などと連携し、水資源管理や生態系回復の改善に踏み込むことが求められます。
森林の整備・保全、河川や湿地の保全・再生、農業用水の効率化支援、生態系回復と一体化した水管理などがその例であり、企業には「水環境を良くする主体」としての役割が期待されています。

③TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)における水資源の位置づけ

TNFDは、企業活動が自然にどのように依存し、またどのような影響を与えているかを整理し、開示する枠組みです。その中で水資源は、中核的なテーマの一つとして位置づけられています。その理由は、水がほぼすべての産業活動と自然生態系をつなぐ「基盤的な自然資本」だからです。

TNFDの基本的な考え方は、「企業が自然にどのように依存し、どのような影響を与えているか」を把握し、それが財務リスクや機会にどうつながるかを整理することですが、水資源はこの両面に該当します。
・「依存」:事業がどの程度、水の量・質・安定供給に依存しているか
・「影響」:過剰取水や排水、水循環の改変が、水循環や生態系に与える影響、地域社会との水資源をめぐる競合

水リスクへの対応は、TNFD対応の入口ともいえる領域であり、企業の事業継続性や財務リスクに直結する要素として扱われています。

2. レジリエンスを高める水資源管理

企業が直面する水リスクは、自社工場やオフィスでの取水制限に限られません。原材料調達や製造委託など、サプライチェーンの上流に潜む水問題が、事業全体に影響します。ここでは、水資源のレジリエンスを高めるための基本的な考え方を紹介します。

(1)水資源への依存状況の把握

水リスクのレジリエンスで最初に求められるのは、水に関する依存関係の把握です。自社拠点の取水源が河川なのか地下水なのか、代替手段があるのかといった点に加え、原材料や部品の調達先がどの地域の水資源に依存しているかを確認します。これはバーチャルウォーターやウォーターフットプリントの考え方とも重なります。

(2)依存度を下げる

外部からの取水量を減らす

外部からの取水量を減らす方法は、単なる節水にとどまらず、水の使い方そのものを再設計する視点が重要です。その中核となるのが、用水処理と再利用です。
工場や事業所で使用した水を、用途別に処理レベルを分けて再利用します。すべてを飲料水レベルまで処理する必要はなく、冷却水、洗浄水、補給水など用途に応じた水質に調整することで、外部取水を大きく減らせます。
また、工程ごとに水質が異なる排水を一括処理せず、段階利用「カスケード利用」も効果的です。

D-Aqua(水処理ソリューションサービス)

水使用量を抑える工程設計

従来、水を大量に使っていた工程を電動化や空冷化することで、水依存度を下げることができます。
ヒートポンプの導入はその代表例であり、冷却・加熱の両面で水使用を削減しながら、エネルギー効率も高められます。

(3)柔軟性を持たせる

特定水源への依存を分散する:単一水源への依存は、渇水や災害時に事業停止を招きやすくなります。複数の取水源を確保する、緊急時の代替調達ルートを持つなど水源の多重化が重要です。

災害時の水の供給イメージ

※ 災害時等、各供給設備が健全である場合、代替水源としての利用が可能。

(参照)
D-Aqua(水処理ソリューションサービス)

雨水、再生水、未利用水の活用

量としては限定的ですが、雨水を貯留・簡易処理し、散水、洗浄、防災用水などに活用することで、上水への依存を下げられます。地下浸透を組み合わせることで、地域の水循環改善にも寄与します。
また、上水だけに頼らず、再生水(下水処理水)・地域の未利用水などを用途限定で使うことも、外部からの新規取水を抑えられます。

(4)運用・管理面での工夫

AIやセンサーの利用

IoTセンサーによる使用量の常時把握、異常検知による漏水防止、工程停止時の自動遮断など、デジタル技術を活用した管理により、無駄な取水を抑え、レジリエンスを高めることができます。

自立型電源の確保

エネルギーが確保できなければ、水の利用もできません。太陽光発電などの再生可能エネルギー、コージェネレーション、蓄電池などの導入によって自立型電源を確保しておくことが重要です。また、工場や事業所単独で完結させるのではなく、地域のエネルギーインフラと連携することも、停電や水インフラ障害時の回復力を高めます。

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3. 海外の水リスクに対するレジリエンス対策

欧州連合(EU)は2025年6月に「欧州水レジリエンス戦略(European Water Resilience Strategy)」を発表しました。世界的な水リスクが、経済と生態系の双方にとって最大級の脅威の一つとなる中、EUはこの不可欠な資源を守るための包括的な政策パッケージを打ち出しました。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「水は生命です。水のレジリエンス(回復力)は、国民、農家、環境、そして企業にとって鍵となります」と話しています。

同戦略は、(1)水循環の復元と保全、(2)水関連産業のスマート化と振興、(3)安全で衛生的な水の安定供給、の3つを主な目標としています。
このうち(2)の目標に対しては、水の効率的な利用を促進し、2030年までにEU全体で水利用効率を10%向上させるという具体的な数値目標が示されています。また、(3)の目標では、EUのエコデザイン規則やEUエコラベルにウォーターフットプリントを明記することが盛り込まれています。

4. 水リスクに関するレジリエンスの具体事例

水に関する不確実性が高まる中でも事業を止めないために、企業がどのような備えを実装しているのかを示す事例です。前章「2.レジリエンスを高める水資源管理」の考え方を、実務に落とし込んだ具体例といえます。

東芝グループ:拠点ごとの水リスク評価と管理

東芝は、国内外のすべての生産拠点で、水量・水質・洪水リスク・規制リスクなどを定量的に評価し、高リスク拠点を抽出して対策を強化しています。評価結果に基づき、取水量の抑制、設備による再利用や循環利用、排水基準の厳格管理やBCP(事業継続計画)への反映などを進めています。

(参照)
水リスクへの対応(東芝グループ)

第一三共:水リスク評価と拠点別マニュアル作成

第一三共は、気候変動に伴う渇水・洪水などの物理的リスクをツールで定量評価し、水リスクの高い拠点を特定・評価する仕組みを導入しています。この結果、上海工場など水リスクの高い立地を特定し、水使用量の削減や水災害マニュアルの整備を進めています。また、水害による自社拠点の一時操業停止という物理的リスクに備え、2023年度には事業場ごとのリスクアセスメントと水災マニュアルの作成を完了しています。

(参照)
水リスクの評価と対応(第一三共)

積水化学:地域の流域と連携した水リスク低減の取り組み

積水化学は、事業影響の大きい拠点や調達先を選定し、水使用量や排水負荷の削減活動を拠点ごとに進めています。具体的には水の循環利用や浄化設備の導入に加え、水処理に関する技術や製品の提供を行っています。

(参照)
サステナビリティレポート(積水化学)

5. ウォーターニュートラル・ウォーターポジティブの取り組み事例

企業活動によって生じる水への負荷を削減するだけでなく、流域全体で「水環境をどう改善するか」を考え、地域の水環境をプラスの状態にしていく取り組みが広がっています。

サントリーグループ:流域保全によるウォーターポジティブの実践

サントリーは水を重要な原料と位置づけ、水リスク評価と流域保全活動を事業貢献に組み込んでいます。工場ごとに流域の水課題を明確にし、地域のステークホルダーと連携して水資源保全プロジェクトを進めています。水使用量の削減にとどまらず、汲み上げたすべての地下水量の2倍以上を涵養する「ウォーターポジティブ」を宣言しており、その取り組みとして全国26か所、約1万2,000ヘクタールに及ぶ「天然水の森」を整備し、地下水を育む森林の保全を行っています。

(参照)
水資源(サントリーグループ)

コカ・コーラ:水源域での涵養活動と国際認証の取得

飲料メーカーとして水への依存度が高いコカ・コーラは、長期的な水量・水質の安定確保を企業戦略の中核に位置づけています。製品製造に使用した水の量を、自然や地域社会に100%還元する目標を掲げ、各地で地域連携プロジェクトを展開しています。
また、複数の工場でアライアンス・フォー・ウォーター・ステュワードシップ(AWS)(※)の認証を取得し、責任ある水資源管理の実践を進めています。

※ AWS(Alliance for Water Stewardship):企業や事業所が水資源を責任ある形で管理・利用する国際的な枠組み。単なる節水ルールではなく、企業活動が地域の水循環や流域コミュニティに与える影響を評価・改善するプロセスとして設計されている。世界中の工場・施設・農場など水を使う拠点に適用可能で、透明性のある第三者認証制度として運用されている。

(参照)
水資源の保全(コカ・コーラ)

大塚グループ・大塚製薬:ウォーターニュートラルへの戦略的取り組み

大塚グループは、水をビジネス活動の基盤と捉え、取水から排水までを通じた持続可能な水利用の管理を進めています。2028年までに水ストレス地域に立地する事業拠点で水管理戦略を策定し、全拠点で水管理プログラムを展開する計画です。
加えて、森林整備による水源涵養など、流域の水循環改善に資する活動にも取り組んでいます。

(参照)
ウォーターニュートラル(大塚グループ・大塚製薬)

Microsoft(米国):ウォーターポジティブへのコミットメント

Microsoftは、2030年までにウォーターポジティブを達成することを宣言しています。社内での水使用量削減に加え、世界各地の水ストレス流域において、使用量を上回る水を再生・還元するプロジェクトへの投資を進めています。これは単に水使用量を相殺するのではなく、水循環そのものを改善することを目的としたもので、湿地の回復や不浸透面の除去など、生態系ベースの取り組みも含まれています。

(参照)
Microsoft will replenish more water than it consumes by 2030(Microsoft)

5. まとめ

国内外で水リスクが高まる今、水資源管理は平常時にとどまらず、非常時のレジリエンスを高めます。水の再利用設備やデジタル管理、複数水源の確保、自立型電源の導入などは、通常時のコスト削減や効率向上に寄与すると同時に、渇水や災害時の事業継続力を高めます。また、水リスクは自社の問題にとどまらず、原材料調達先や生産委託先でも起こりえます。自社拠点だけで完結させず、サプライチェーンや流域全体に視野を広げ、水循環改善に関与することが重要です。まずは自社が水資源にどの程度依存しているか、また影響を与えているのかを把握することから始めましょう。

箕輪 弥生(みのわ やよい)
このコラムの著者

箕輪 弥生(みのわ やよい)

環境ライター・ジャーナリスト
NPO法人「そらべあ基金」理事

環境教育から企業の脱炭素、循環型ライフスタイルまで幅広いテーマで環境分野の記事や書籍の執筆・編集を行う。NPO法人「そらべあ基金」では子供たちへの環境教育や自然エネルギーの普及啓発活動に関わる。個人的にも太陽熱や雨水を使ったエコハウスに住む。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」文化出版局、「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」・「環境生活のススメ」飛鳥新社 他。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)会員。また、2015年〜2018年「マイ大阪ガス」で「世界の省エネ」コラムも連載。

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