2024.11.13
目次
日本経済の今後を考えるにあたって、最大の課題は人口減少と少子高齢化による市場の縮小が挙げられる。日本の人口は2020年の1億2,600万人から2045年には1億800万人と、1億人割れが近づく。さらに、日本は世界一のスピードで高齢化が生じている。総人口に対する65歳以上の人口の割合、すなわち高齢化率は29.3%と、世界200の国と地域のなかで、もっとも高い割合である。出生数も戦後間もない1947年~1949年には年間270万人もの子どもが生まれていたものの、2023年の出生数は73万人に減少している。それに対して、世界の人口は80億人を超え、アジアの人口は今後も増加することが見込まれている。インドの人口は2023年に14億人に達し、中国を抜いて世界最大の人口となっている。世界の人口は2020年から2050年までに19億4,024万人増加し、そのうちの6割はアフリカで増加し、3割以上の6億4,921万人はアジアで増加すると、国連は予測している。アジアは、人口増加と経済成長を背景として、エネルギー需要が増加している。特に、従来は石炭がエネルギーの主力であったものの、単位熱量当たりの炭酸ガス排出量が石炭の半分という環境特性をもった天然ガスの需要が大きく伸びることが見込まれている。IEA(国際エネルギー機関)の見通しによれば、アジアの天然ガス需要は、2022年の9,000億立方メートルから2030年に1兆340億立方メートル、2050年に1兆1,190億立方メートルと、脱炭素の流れにもかかわらず増加すると予測されている(図表1)。
(図表1)アジア大洋州の天然ガス需要見通し(単位:10億立方メートル)
出所:IEA世界エネルギー見通し2023年10月24日
天然ガスの需要が増加する理由としては、三つの要因が挙げられる。第1にアジアは、世界的に見ても石炭への依存度が高い。石炭は、化石燃料のなかでも、価格が割安であり、資源量も豊富にあり、地政学リスクが低い豪州、インドネシア等からの安定供給が期待できる。アジア全体の石炭火力発電容量は合計16億4,100万キロワットと世界全体の石炭火力発電の8割近くに達している(図表2)。
(図表2)アジアの石炭火力発電容量(単位:百万キロワット)
国名 | 容量(百万キロワット) | 世界に占める割合(%) |
---|---|---|
中国 | 1,147 | 54.0 |
インド | 240 | 11.3 |
インドネシア | 52 | 2.5 |
アジア全体 | 1,641 | 77.2 |
2030年に向けて、世界的な炭酸ガス排出削減、硫黄酸化物、窒素酸化物の排出による大気汚染を防止するために、石炭火力発電から天然ガス火力発電に切り替える動きが強まることが見込まれる。アジア諸国にとって、もっとも技術的、コスト的に容易な炭酸ガス排出削減方法と硫黄酸化物除去対策は、天然ガスの利用が考えられる。第2にアジア諸国においても、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーが急速に普及している(図表3)。
(図表3)アジア大洋州の再生可能エネルギー消費量(単位:百万トン石油換算)
出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月
季節、天候、時間による出力変動が激しい再生可能エネルギーの割合が増加すると、電力の需給安定のために、出力調整が容易で、5分程度で瞬時に起動できる天然ガス火力発電が補完として必要となる。第3にアジアにおいては、日本のような導管敷設による都市ガス供給が少なく、これまでは石炭、プロパンをはじめとしたLPガス(液化石油ガス)が、家庭の暖房、調理に利用され、工場のエネルギー源とされてきた。しかし、環境保護の観点から、石炭の煤煙防止等が重視されるようになり、今後はクリーンな天然ガスを主成分とした都市ガスのシステム導入が期待されている。
上述の三つの要因から、中国のみならず、インドをはじめとしたアジア諸国においても、天然ガス消費量が増加基調にある(図表4)。
(図表4)アジア大洋州の天然ガス需要と伸び率(%)
出所:世界エネルギー統計レビュー2024年6月
消費意欲が旺盛な若年層の人口が増加し、高度経済成長が続くアジア市場において、これまで日本国内において培ったノウハウを活かし、都市ガス事業、天然ガス火力発電事業を拡大する動きが活発化している。大阪ガスは、これまでにシンガポール、タイ等において都市ガス事業の展開をしており、2024年にはインドにおける都市ガスのインフラストラクチャー整備に乗り出す。住友商事等とともに、シンガポールのエネルギー企業AG&PLNGマーケティングに3億7,000万ドル(約560億円)を出資し、広大なインドの国土面積の1割に達する区域に都市ガス供給網を構築する。静岡ガスも、インドネシアに続き、インドにおける天然ガス供給事業を拡大する。インド政府は、一次エネルギーに占める天然ガスの割合を2023年の6%から2030年に15%に引き上げる目標を掲げている。東京ガスは、ベトナムのタイビン省におけるLNG(液化天然ガス)の浮体式受入基地と天然ガス火力発電所の開発・建設・運営・LNG調達の事業性評価を行い、2029年までの商業運転開始を目指している。
都市ガス企業各社は、市場が拡大する海外事業への裾野を広げている(図表5)。
(図表5)都市ガス企業の海外展開例
企業名 | 事業概要 |
---|---|
大阪ガス | シンガポールで産業用ガスの小売り |
大阪ガス | タイでコジェネレーションの導入 |
大阪ガス | 北米における発電事業 |
大阪ガス | フィリピンに事務所開設 |
大阪ガス | 米国のシェール・ガス権益取得 |
大阪ガス | 米国イリノイ州の天然ガス火力発電事業に参画 |
大阪ガス | マレーシアにおいてバイオマスからメタン生産 |
大阪ガス | シェルとアジアにおけるCCS事業検討 |
大阪ガス | インドにおける都市ガス事業 |
東京ガス | シンガポールに営業拠点設立 |
東京ガス | インドネシア、タイ、ベトナムの営業拠点設立 |
東京ガス | 北米における都市ガス企業と提携 |
東京ガス | バングラデシュ、ベトナムのLNG受入基地検討 |
東京ガス | 英国セントリカと包括提携、LNGスワップ |
東京ガス | 米国のシェール・ガス権益取得 |
東京ガス | シェルからCNLNG輸入 |
東京ガス | 丸紅とベトナムのLNG火力発電事業 |
西部ガス | タイの不動産開発事業 |
西部ガス | シンガポールに拠点 |
静岡ガス | タイの天然ガス火力発電所に出資 |
静岡ガス | インドネシアの天然ガス販売会社に出資 |
静岡ガス | インドネシアの洋上発電事業性調査 |
広島ガス | シンガポールにLNG調達拠点 |
出所:各種新聞報道
アジア各国は、日本をはじめとしたG7(先進7ヵ国)と同じく、2050年以降のカーボンニュートラルを目標として掲げている(図表6)。
(図表6)アジア諸国のカーボンニュートラル目標
国名 | 温暖化ガス排出削減目標(%) |
---|---|
日本 | 2050年に実質ゼロ |
中国 | 2060年に実質ゼロ |
インドネシア | 2060年に実質ゼロ |
インド | 2070年に実質ゼロ |
ベトナム | 2050年に実質ゼロ |
シンガポール | 2050年に実質ゼロ |
マレーシア | 2050年に実質ゼロ |
タイ | 2065年に実質ゼロ |
出所:各種新聞報道
しかし、アジア諸国は、欧米先進国と比較して人口密度が高く、国土面積が狭いことから、広大な面積を必要とする太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギーの適地が少なく、再生可能エネルギーだけで、すべてのエネルギーを調達することは現実的ではない。そのため、脱炭素実現への過渡期において、トランジション(橋渡しの)エネルギーとして、炭酸ガス排出量が化石燃料のなかで一番少ないLNGが重要となってくる。2023年には、ベトナム、フィリピン、ミャンマー等がLNGの輸入を開始し、2024年の夏は記録的な猛暑のために、インドもLNGの輸入を増加させている。ロシアによるウクライナ侵攻時の2022年には、極東アジアのLNGスポット価格は百万Btu(ブリティッシュ熱量単位)当たり84ドルに達したものの、2024年9月には百万Btu当たり12ドル程度まで下落している。価格が安定し、アジアにおける石炭、重油等からLNGへのエネルギーの切り替えが行われると、さらに世界のLNG需要が増加し、年間8億トンを超える可能性も考えられる(図表7)。
(図表7)世界のLNG需要見通し(単位:百万トン)
出所:各種専門機関の資料もとに筆者推計
天然ガスが、漸進的な炭酸ガス排出削減へのトランジション・エネルギーにとどまらず、カタールをはじめとした天然ガス生産国は、デスティネーション・エネルギー(最終目的のエネルギー)とみていて、天然ガスを生産する際の炭酸ガスをCCS(炭酸ガス回収・地下貯留)技術によって回収し、天然ガスをマイナス162度に冷却して液化するときに、LNGプラントのエネルギーに、再生可能エネルギーにより作り出した電力を利用し、より炭酸ガス排出量の少ないLNGを生産する。また、カーボンニュートラルなLNGと呼ばれる、天然ガスの採掘、液化、輸送、燃焼のすべてのプロセスで発生する、LNG7万トン当たり21万トンに相当する炭酸ガスを、植林、森林保全等の環境保護プロジェクト等の炭酸ガス吸収によって相殺し、実質的に炭酸ガス排出ゼロのLNGの利用拡大も期待される。
さらに、その先にあるのは、メタネーションと呼ばれる、工場等から排出される炭酸ガスと、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーによる電気によって水を電気分解して水素を作り出し、炭酸ガスと水素を反応させて、天然ガスの主成分であるメタン(CH₄)を合成する技術の商業化が挙げられる。e-メタンともよばれる合成ガスは、通常の天然ガスと成分が同じであり、従来のLNGの液化・輸送・貯蔵の設備、都市ガスの導管をはじめとした供給インフラストラクチャー、消費者のガス器具、バーナーを改良することなくそのまま利用して、脱炭素を実現することができる。日本ガス協会は、e-メタンを2030年に1%、2050年に90%、従来の天然ガスに置き換える目標を掲げている。大阪ガスは、日本国内における研究開発と実証に加えて、北米、南米、豪州、中東、東南アジアにおいて、e-メタンの生産を検討している。2024年5月には、韓国の大手エネルギー企業SKE&S社とe-メタンの利活用をはじめとしたカーボンニュートラルに対する共同検討の契約を締結している。静岡ガスも、インドにおいて牛ふん等によりバイオガスを生産し、CNG(圧縮天然ガス)自動車の燃料としている。
こうした、合成メタンを作り出す方法として、①サバティエメタネーション(サバティエ法により、炭酸ガスと水素からメタンを生産する方法)、②バイオメタネーション(生ゴミ等からメタンを合成する方法)、③SOECメタネーション(燃料電池の技術であるSOEC共電解とメタネーションを一体化し、水と炭酸ガスから直接に合成メタンを作り出す方法)が挙げられる。大阪ガスは、①のサバティエメタネーションについては、2030年に商用化し、同社の販売量の1%に相当する1時間当たり1万立方メートルのメタンを生産する。②のバイオメタネーションについては、2025年に開催される大阪・関西万博の会場において、生ゴミからバイオガスを作り出し、含まれる炭酸ガスと、再生可能エネルギーによるグリーン水素を反応させて、e-メタンを合成する。このメタネーションによって、万博会場の調理用等の熱源としてe-メタンを利用し、万博のカーボンニュートラル化に貢献する。③のSOECメタネーションについては、2030年以降に1時間当たり1万立方メートルから6万立方メートルのメタン生産の大規模実証を行い、2040年以降に商用化を目指す。
よくカーボンニュートラルというと、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーが話題の中心となる。しかし、すべてのエネルギー消費において電気の占める割合(これを電化率という)は、20%~25%に過ぎない。それ以外は、自動車、航空機等の輸送用燃料、発電、製鉄、工場、家庭等の熱エネルギーであり、電気以外の熱エネルギーとして、天然ガスをe-メタンに置き換えて、天然ガスのカーボンニュートラルを目指すことは、熱エネルギーを必要とする企業のみならず、エネルギー全体のカーボンニュートラルを実現するうえで必要不可欠である。e-メタンの技術革新は着々と行われており、合成ガスの実用化とコスト低減により、天然ガスは、日本およびアジア諸国の炭酸ガス排出削減の過渡的なエネルギーにとどまらず、2050年以降もカーボンニュートラルなエネルギーとして存在感を示し続けることとなる。日本の都市ガス企業が、リーダー役となって、アジアの経済成長と脱炭素の両立に貢献できる未来が待っている。
カーボンニュートラルに関する