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2024.07.04

クリーンなアンモニア、水素技術の最前線

H₂ Hydrogen Energy

1. 脱炭素の世紀に大きく注目されるクリーンなアンモニアと水素

 2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)を目指すなか、世界中の政府と企業が脱炭素の切り札として、生産過程において、また燃焼しても炭酸ガスを排出しない、アンモニア(NH₃)と水素(H₂)の開発を競っている。クリーンなアンモニアと水素は、地球の大気の炭酸ガス濃度を上昇させない環境に優しいエネルギーとされて注目されている。では、クリーンなアンモニアと水素とはどのようなものか。そもそも、アンモニアも水素も通常は自然界に単体として存在する石油、石炭、天然ガスのような一次エネルギーではなく、天然ガス(CH₄)、石炭を改質して作り出す二次エネルギーである。電気エネルギーと同じく他の自然界に存在するエネルギーから作り出さなければならない。そのため、天然ガスや石炭のような炭素と水素の化合物である炭化水素(CmHn)から取り出す際に炭酸ガスを排出する。そこで、生産プロセスにおいて炭酸ガスを排出しないクリーンなものとして第1にブルー水素、ブルー・アンモニアという、天然ガス、石炭を改質して作り出す際に発生する炭酸ガスを回収して、地下貯留(CCS:Carbon Dioxide Capture and Storage)するものが挙げられる。第2にグリーン水素、グリーン・アンモニアという、太陽光発電、風力発電をはじめとした再生可能エネルギーによる電気を利用して水の電気分解を行い、水素をつくり、水素と大気中の窒素を反応させてアンモニアを作り出すものが挙げられる。第3にホワイト水素といって、自然界にわずかながら存在する単体としての水素があり、米国、豪州の地下から発見されている。ちなみに、従来から行われている天然ガス、石炭から作り出し、生産プロセスで排出される炭酸ガスを大気中に放散するアンモニアと水素は、グレー水素、グレー・アンモニアと呼ばれる。アンモニアも水素も化学式に炭素を含んでおらず、酸素と結びついて燃焼しても、原理的に炭酸ガスを排出しない。そのため、生産プロセスも含めて炭酸ガスを排出しないブルーとグリーンは、地球温暖化対策に大きく寄与する。ただし、現在の技術においては、ブルー水素の生産コストは1キログラム当り300円程度、グリーン水素は1キログラム当たり1,000円程度と、グレー水素の1キログラム当り100円と比較して割高であるという課題が挙げられる。自然界の地下に埋蔵されているホワイト水素は、生産コストが1キログラム当り100円程度と推計されており、生産コストは割安であるものの、原油と同じく存在している地域が偏在し埋蔵量が有限で、地政学リスクがあるうえに、日本のエネルギー自給率向上に寄与しないという問題を抱えている。今後の課題としてブルーとグリーンの水素とアンモニアを、いかに安く大量に生産できるかという技術開発が求められている。

 日本をはじめとした世界各国は、2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)を目指して、アンモニアと水素の利用拡大を構想している。日本政府も世界に先駆けて2017年に策定してから6年ぶりの2023年6月6日に水素基本戦略を改訂している。具体的には、①2040年の水素供給量を現在の6倍の1,200万トンとし、②水を電気分解して水素をつくりだす水電解装置と触媒等の素材への投資を行い、③今後15年間に官民合わせて15兆円の投資を行い、④割高な水素普及のために天然ガスをはじめとした他のエネルギーとの価格差を支援する。IEA(国際エネルギー機関)による温室効果ガス排出実質ゼロ・シナリオにおいては、世界の水素需要は2050年に年間2億2,000万トンに達する(図表1)。これは、日本の2024年における水素需要の100倍以上に相当する。

(図表1)世界の水素需要見通し(単位:百万トン)

(図表1)世界の水素需要見通し(単位:百万トン)

出所:IEA世界エネルギー見通し2023年10月

2. 日本をはじめとして各国で取り組まれるブルーなアンモニアと水素

 生産過程において炭酸ガスを排出しないもっとも簡単な方法としては、従来のアンモニアと水素の生成プロセスにおいて排出された炭酸ガスを回収して、地下に貯留するCCSを利用した、ブルーなアンモニアと水素が挙げられる。これは、第1に生産コストが安価な天然ガス資源、石炭資源が豊富に存在し、第2に排出された炭酸ガスを地下に貯留する老朽化した油田・天然ガス田が数多く存在するという条件のもと、中東産油国の天然ガス、米国のシェール・ガス、豪州の石炭等を原料として数多くの実証実験が行われている。すでに、日本の三菱商事をはじめとした総合商社は、サウジアラビアから、天然ガスを改質した水素と窒素を反応させて作り出したアンモニアの生成時の炭酸ガスを回収・地下貯留した、ブルーなアンモニアを日本に輸入することに成功している(図表2)。

(図表2)最近のアンモニア関連事業例

企業名 概要
サウジアラムコ サウジアラビアのブルー・アンモニアを三菱商事等が輸入
JERA 2021年度から石炭火力発電に20%アンモニアの混焼試験
JERA 2028年度から石炭火力発電に50%のアンモニア混焼試験
三菱重工業 大型タービンのアンモニア混焼の開発
IHI 天然ガス・タービンによるアンモニアの混焼試験
IHI 2023年3月までに10万トンのアンモニア貯蔵タンクを開発
大阪ガス 炭酸ガスを排出しないアンモニア生産の米国企業に出資
大阪ガス 豊田自動織機とともにアンモニアを燃料とするエンジン開発
川崎重工業 2021年5月にLPガスとアンモニアを両方輸送できる船舶の開発
三菱重工業 20万キロワット級のアンモニア発電タービンの開発
INPEX UAEの国営石油企業からブルー・アンモニア調達
東洋エンジニアリング 伊藤忠、JOGMECと東シベリアからアンモニア輸送の事業化調査
三菱ガス化学 三菱商事、JOGMECとともに、インドネシアにてブルー・アンモニア開発
日本郵船 LNG燃料船をアンモニアも利用できる船舶とする開発開始
伊藤忠商事 東洋エンジニアリングとともに東シベリアのアンモニア生産検討
日揮 旭化成とともに2024年からグリーン・アンモニア生産
三菱商事 米国テキサス州において年間1,000万トンのブルー・アンモニア生産検討
伊藤忠商事 EDFとともにシンガポールにグリーン・アンモニア供給を2022年10月に検討
IHI ペトロナスとともにグリーン・アンモニアの2026年からの生産開始
三井物産 UAEのルワイスから年間100万トンのブルー・アンモニア2025年に生産開始
JOGMEC 2022年10月にサウジアラムコとアンモニア開発へのリスク・マネー協定
三井物産 2023年8月に三井化学とアンモニアのサプライチェーン構築に向けた共同検討

出所:各種新聞報道

 日本は、石油開発企業INPEXが、日揮と組んで、新潟県の南長岡ガス田で生産した天然ガスから水素を生成し、排出された炭酸ガスを老朽化した東柏崎ガス田に注入する、ブルーな水素とアンモニアの生産を行うプラントを2025年に稼働する。炭酸ガスをアミン溶液に吸収させて高圧の炭酸ガスを取り出し、その圧力を利用して地下に注入し、回収・貯留コストを低減する。この技術を利用したプラントは世界初となる。
 サウジアラビアの国営石油企業サウジアラムコは、日本政府の支援のもと三菱商事、三井物産、JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)、日本エネルギー経済研究所と組んで、サウジアラビアの天然ガスを原料として、ブルーのアンモニアを2030年までに年間1,100万トン生産する計画を構想している。排出された炭酸ガスは老朽化した天然ガス田に注入する。三菱重工業は、UAE(アラブ首長国連邦)のADNOC(アブダビ国営石油企業)とCCSを利用したブルーな水素とアンモニアの生産で提携することを、2024年1月に発表している。中東産油国は脱化石燃料の時代に向けて、国内の豊富な原油、天然ガス埋蔵量を座礁資産化することなく、次世代のクリーンなアンモニアと水素の原料として有効活用し、2050年以降の国家発展の基礎とする計画がある。

3. 日本が力を入れるグリーンなアンモニアと水素

 ただし、生産時に排出された炭酸ガスを回収・地下貯留する、ブルーなアンモニアと水素の利用は、原料として天然ガス、石炭等の化石燃料を利用するものとして、欧州の環境保護団体等からの批判が根強い。そこで、生産プロセスそのものにおいて炭酸ガスを排出しないグリーンなアンモニアと水素が、注目されることとなる。生産プロセスにおいて、炭酸ガスを排出しないグリーンな水素の生産のためには、再生可能エネルギーによって作り出された電力により、水を電気分解して水素を安定的に取り出す水電解装置の開発が日本のみならず、ドイツ、中国等をはじめとした世界各国で競われている。旭化成は、2020年から福島県浪江町において、出力1万キロワットの水電解装置の実証試験を開始し、水素生産時に必要な電力換算で200万キロワットという世界最大級の水電解装置の生産を2026年に目指している。東レは、水の水素と酸素を分離する電解質膜の生産能力を300万キロワットに増強し、水の電気分解に係わる素材メーカーのトップを目標としている。ドイツのシーメンスもフランス企業と共同で2025年に300万キロワットの水電解装置の生産能力とし、同じくドイツのティッセンクルップ・ニューセラも2025年~2026年に生産能力500万キロワットを計画している(図表3)。

(図表3)水電解装置の開発計画

企業名 概要
ネル 年産50万キロワットの水電解装置生産能力
ネル 2025年までに欧米で400万キロワットずつに増強
シーメンス 2023年に数百万キロワットの生産能力
ティッセンクルップ 2025年までに500万キロワットの生産能力
旭化成 1ユニット当たり1万キロワットの開発
旭化成 2026年に200万キロワットの生産能力

出所:各種新聞報道

 グリーンなアンモニアについては、1913年に工業生産が開始されたハーバー・ボッシュ法以外のアンモニア生産技術の開発が行われている。ハーバー・ボッシュ法は、天然ガス、石炭から改質した水素と空気中の窒素を、500度の高温と400気圧の高圧で反応させてアンモニアを生成する。これは生産コストが安価だが、空気中で安定した状態にある窒素の酸素との結合を切るために高温・高圧を作り出す大量のエネルギー投入、さらに化石燃料から水素を生産する時にもエネルギー投入が必要なため炭酸ガス排出が避けられない。そこで、出光興産は、1気圧20度という常温・常圧で窒素原子を分離できるモリブデン触媒を利用し、還元剤により水から水素を取り出し、再生可能エネルギーによる電気を使わずともグリーンなアンモニアを生産できる技術を開発し、2032年の量産化を目指している。同じく東京大学も、光触媒を利用して水と空気と光を反応させて、グリーンなアンモニアの生産を目標としている。
 大阪ガスは、酸化鉄の酸化還元作用を用いた、CLC(ケミカルルーピング燃焼)技術の開発を行っている。ケミカルルーピング燃焼技術とは、酸化鉄(FeO₃)が、①燃料反応塔、②水素生成塔、③空気反応塔を循環しながら、各反応塔において、燃料、水、空気と反応して、炭酸ガス、水素、電力を作り出す仕組みである(図表4)。

(図表4)ケミカルルーピング燃焼技術の原理図

(図表4)ケミカルルーピング燃焼技術の原理図

出所:大阪ガスホームページ

 ①の燃料反応塔においては、カーボンニュートラル(炭素中立的:育成時に光合成により炭酸ガスを吸収し、燃焼してもライフ・サイクルで見て、地球の炭酸ガス濃度を上昇させない)なバイオマス燃料と反応させて、高純度の炭酸ガス(CO₂)を作り出す。②水素生成塔においては、水(水蒸気)と酸化鉄が反応し、水から酸素(O₂)を引き離して、高純度の水素(H₂)を発生させる。③空気反応塔においては、酸化鉄が空気中の酸素と反応して窒素(N₂)と熱を発生させ、この熱により水蒸気を発生させて発電を行う。こうした一連の反応により、バイオマス燃料から生産プロセスにおいて炭酸ガスを排出しない、グリーンな水素と電力を作り出すことができる画期的な技術である。大阪大学も、工場の排水に含まれる有害物質の硝酸から鉄を使った光触媒に太陽光をあてて、アンモニアを生成する人工光合成の実験に成功し、2040年以降の実用化を目標としている。日本は、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、本格的な水素社会、アンモニア社会の実装を目指し、2050年には、水素の需要量年間2,000万トン、アンモニアの需要量年間3,000万トンを見込んでいる(図表5)。

(図表5)日本の水素とアンモニアの目標

2020年 2030年 2050年
水素 200万トン 300万トン 2,000万トン
アンモニア 100万トン 300万トン 3,000万トン

出所:水素基本戦略2023年

4. アンモニアと水素とどちらが脱炭素の本命となるのか

 上述のように、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーによる電気だけでは対応できない大型トラック、航空機、船舶、粗鋼生産、化学品生産等について、アンモニアと水素のどちらが主役となるのかは、これからの技術開発の動向に左右される。現時点においては、①クリーンなアンモニアと水素は、ともにグレーなアンモニア、水素と比較すると生産コストが割高である。②水素は、危険物として燃焼速度が速く、輸送・貯蔵が難しい。液化温度がマイナス253度と極低温であり、液化したり、トルエンと反応させて常温で輸送するコストがかかる。③アンモニアは、毒性があり、燃焼速度が遅く、燃焼制御が難しいうえに、窒素酸化物(NOx)を発生する。等の様々な課題を解決する必要がある。
 クリーンなアンモニアも、クリーンな水素も、脱炭素の切り札とされているものの、多くの企業、消費者にとって、アンモニア社会となるのか、水素社会となるのか、技術的、経済的には決められない状況にある。重要なことは、どちらが技術的に、2050年に向けて、化石燃料と比較して、いかに安価かつ大量に、安定的なサプライン・チェーン(供給網)を構築できるかにより、脱炭素の本命の地位を固めることができると考えられる。

岩間 剛一 Kouichi Iwama
岩間 剛一Kouichi Iwama
和光大学経済経営学部教授(資源エネルギー論、マクロ経済学、ミクロ経済学)
東京大学工学部非常勤講師(金融工学、資源開発プロジェクト・ファイナンス論)
三菱UFJリサーチ・コンサルティング客員主任研究員
石油技術協会資源経済委員会委員長
【略歴】
1981年東京大学法学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、東京銀行本店営業第2部部長代理(エネルギー融資、経済産業省担当)、東京三菱銀行本店産業調査部部長代理(エネルギー調査担当)
出向:石油公団企画調査部:現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(資源エネルギー・チーフ・エコノミスト)
出向:日本格付研究所(チーフ・アナリスト:ソブリン、資源エネルギー担当)
2003年から現職

ENERGY BUSINESS PRESSのバックナンバーはこちらからご覧いただけます。(2017年2月より掲載しています)

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