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画期的な国際合意

昨年11月4日、2020年以降の地球温暖化対策の枠組みとなるパリ協定が発効した。欧州諸国をはじめとした先進国だけに温室効果ガス排出削減を義務づけた京都議定書と異なり、温室効果ガス排出量世界1位の中国、同2位の米国の参加を含めた世界全体を包括する画期的な国際的合意である。
日本も2013年を基準年として、2030年までに温室効果ガスを26%削減するという意欲的な目標を掲げ、地熱発電の開発、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギー由来の電気を利用して水素を製造する技術開発、炭酸ガスから化学製品を製造する人工光合成、電気自動車の走行距離を拡大する蓄電池開発など革新的な技術開発を目指している。
IEA(国際エネルギー機関)は炭酸ガス排出削減のための省エネルギー投資が2030年に年間8,000億ドル(約88兆円)、再生可能エネルギー投資が2040年までに累計7兆ドル(約770兆円)になると予測しており、日本も低炭素社会の構築に向けて本格的な水素社会の到来を見据えた「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を策定し、新たなエネルギー供給インフラの構築を目指している。
一方、化石燃料分野の地球温暖化対策の勝者は天然ガスといえる。天然ガスは燃焼時に排出する炭酸ガスが、単位熱量当たり石炭の半分程度しかなく、地球環境に優しいエネルギーであることから「21世紀は天然ガスの世紀」といわれている。環境規制が厳しい欧州諸国においては、LNGを燃料とした船舶の航行が始まっているほか、米国ではシェールガス革命で天然ガス価格が低下したことから、天然ガス火力発電が石炭火力発電を上回っている。
パリ協定の発効により、日本および世界においては、再生可能エネルギー、水素、燃料電池、天然ガス等が、従来にも増して一段と重要な位置づけを与えられることになる。

パリ協定の抱える課題、米国の動向

しかし、パリ協定にはさまざまな課題がある。第1に温室効果ガス排出削誠目標は「自主目標」であって、目標達成を義務づけられていないこと。先進国、途上国の一部に反対論があったため、目標を達成できない場合のペナルティー規定は先送りされ、実効性に不確実性を残している。
第2にパリ協定に参加したすべての国が、現状の温室効果ガス排出削減目標を達成しても、地球の気温は産業革命前から3度上昇するとみられていること。産業革命前からの気温上昇を2度未満とする目標を達成するためには、5年ごとの目標の見直しが重要になる。
第3にかねてからパリ協定の離脱を主張している米国トランプ大統領の誕生が、今後の地球温暖化対策に不透明感を与えていることである。ただし、パリ協定は発効後3年聞は離脱の通告ができず、通告から1年後に離脱できる規定となっており、トランプ大統領が在任中には、パリ協定からの離脱は事実上できない。これは、万一トランプ氏が大統領となった場合に、地球温暖化対策の枠組みを崩壊させないためオバマ大統領が残したレガシー(政治的遺産)といえる。
とはいえ、世界2位の温室効果ガス排出国である米国において、トランプ氏をはじめとして共和党の有力幹部の多くが地球温暖化に懐疑的で、温室効果ガス排出削減目標を事実上無視し、炭酸ガスの排出量を増加させ、途上国への資金支援も行わないとすると、実質的にパリ協定は空洞化する懸念がある。
1997年に採択された京都議定書も、共和党のブッシュ大統領が「米国経済に悪影響を与える」ことを理由として、京都議定書を離脱し実効性が低下した歴史がある。
長期的に見るならば、世界の流れは地球温暖化対策、低炭素社会の実現に変わりはなく、地球環境に優しい天然ガスの利用促進、再生可能エネルギーの普及、水素社会の到来、省エネルギー技術の革新は続けられるだろう。しかし、世界最大の天然ガス生産国、原油生産国となった米国がどうでるか、トランプ政権の4年聞に行われるエネルギー・環境政策が、世界のエネルギー産業にどのような影響を与えるか、今後注視する必要がある。

エネルギー
よもやま話

2017年のエネルギー業界展望

2016年は、すべてのエコノミスト・エネルギー専門家が予想もしなかった、英国のEU離脱、米国のトランプ大統領誕生と、国際政治・国際経済に驚きをもたらした1年だった。
この1年間に世界で起こった現象は反グローバル化、保護主義の台頭、移民排斥というボピュリズムなど政治経済上の問題に留まらず、エネルギー業界にも大きな影響を与える動きといえる。特にトランプ政権が環境保護よりもシェール・ガス、シェール・オイルの開発優先の政策を掲げていることが大きい。
こうした世界の動きを受けて、日本のエネルギー業界の展望も1年前と比較すると変化が見えてきた。まず、トランプ相場による株高、円安で個人消費が活発化するとともに、原油価格の回復により日本経済を悩ませてきたデフレーション脱却の兆しがわずかながらに見えてきたことである。
また、米国は国内の石油・天然ガス業界の発展のために、国産のシェール・ガスを原料としたLNG輸出を拡大することを目指しており、原油価格に連動する中東・豪州産のLNGに加えて、米国のメキシコ湾沿いのヘンリー・ハブ渡しの天然ガス価格を基準とする米国産LNGの輸入が拡大すれば、日本にとってLNG調達源及び調達価格の多様化につながり、LNG調達コストの低減、エネルギー安全保障を向上させる効果が期待できることも挙げられる。
しかし、現状ではトランプ政権の大型減税、規制緩和、インフラ整備など「いいとこ取り」の株価上昇の面が強調されているが、今年行われる欧州各国の選挙で、昨年の英国のEU離脱のような保護主義が台頭するならば、過度な反グローバリズム、保護貿易的政策による世界経済の成長率鈍化の可能性も考えられる。原油価格の上昇によるガソリン販売量、都市ガス販売量の減少というリスクを抱えていることも、忘れてはならない。